かんこなD

――ピンポンピンポーン

「小川先生、開けて下さい!」
本を読み終えた早乙女は、小川の部屋の前に居た。小川に確かめなくてはならない。なぜ彼のデビュー作に自分が描かれているのかを。
ガチャッと鍵の開く音が聞こえたと同時に、早乙女は急かされるように扉を勢いよく開けた。
「早乙女先生…。何か忘れ物でもありましたか?」
早乙女の登場に驚きの色を隠せない小川の腕を強く握ると、ここまで走って来たせいで切れた息を整えた早乙女が小川の瞳を見つめた。
「先生の、デビュー作を読みました。あれは…俺ですよね?」
逃さまいと強く見つめて尋ねると、小川の瞳が小さく揺れた。
「やっと、読んでくださったんですね。やっと私に…気付いてくれた…」
震える腕で小川は強く早乙女を抱き寄せた。

長かった…。あれを書いたあの日から、ずっと早乙女が自分に気付いてくれるのを待ち続けていた。文壇の集まりで会うたびに、未だに気付いてくれていない早乙女に苛立った。だからいつも、冷たい言葉を投げ付けた。八つ当たりだと、分かっていたのに…。
「どうぞ入って下さい。きちんと説明します」
早乙女の身体から腕を離し、小川はソファへと早乙女を促した。



「早乙女先生は、これが何か覚えていますか?」
小川は早乙女にある薄い冊子を手渡すと、早乙女の向かいに腰を掛ける。
その冊子は何度も読み込まれているようで、所々紙が皺でよれていた。パラッと表紙を捲った早乙女は、驚愕に目を開き小川をマジマジと見つめる。
この本は学生時代に文芸仲間と共に作った、早乙女の同人誌だった。
「どうして、小川先生がこれを…?」
驚き戸惑う早乙女の姿に、小川は小さく微笑んだ。
「この本は、偶然手に入れた物です。私はあなたと同じ大学出身ですし」
文学に興味を持つ自分に友達がくれたのだと、小川は言った。
「あなたの小説を読んで、すぐにあなたのファンになりました。あなたのような小説を書きたいと、そう思ったんです」
あなたに憬れた私は、すぐにあなたという人を探した。
文学について語っているあなたは、とても輝いていた。出版社にまた門前払いを食らったと落胆するあなたを、今すぐ隣りに行って慰めたかった。
「あなたの小説に惚れこんだだけだったはずなのに、いつの間にか私はあなたという人間に惹かれたんです」

淡々と語る小川の言葉を、早乙女は静かに聞く。聞きながら、ふと壁に掛けられたカレンダーに目が留まった。カレンダーには仕事に関する様々な書き込みがあったが、早乙女を引きつけたのは内容では無く、文字そのものだった。
カレンダーに書き込まれている文字は、流れるように綺麗なものだった。あれは、唯一早乙女が貰った感想の手紙に書かれていた文字と同じ物に見えた。
何度も何度も読み返し、恋を知ったばかりの子供のように胸を締め付けられた、あの手紙の文字だった。
……どうして気付かなかったのだろうか。会いたいと胸を痛めた相手は、こんなに近くに居たのに…。

「私は、ずっとあなたの事が好きだったんです」
まっすぐに自分を見つめ告げる小川の顔は、悲しみに歪んでいた。早乙女に拒絶されるのを覚悟しているかのように。
小川を拒絶する事など出来るわけが無いのに。顔も名前も分からない手紙の主だった時から、自分を支えてくれていたのは小川だけなのだ。自分の心を捕らえて離さなかった手紙の主は、この人だったのだから。
「俺もあなたが好きです。手紙をくれたあの時から、ずっと会いたくて仕方なかった…」
今度は自分から、強く小川を抱き締めた。

「あの手紙をくれたのは、小川先生ですよね?」
小川の身体を抱き締めたまま目だけを合わせ尋ねると、小さく頷くように小川は目を伏せた。
それだけで十分だった。小川の事を気持ち悪いと思うどころか、早乙女は喜びで胸が押し潰されるようだった。
「……っ…」
驚き身じろぐ小川の身体を強く抱き締め、早乙女はそっと唇を重ねた。子供の遊びのような軽いキスを、何度も何度も繰り返す。
重なる温もりから自分の気持ちを伝えようと、身体を固く強張らせる小川の唇にひたすら自分の唇を触れ合わせた。

「……早乙女先生…」
唇を離し小川を見つめると、小川は早乙女の身体を抱き寄せ顔を隠すように早乙女の肩に顔を埋める。その身体は小さく震えていた。
「私は、まだあなたを好きでいて良いんですか?」
くぐもった声で小川が尋ねる。
どれだけ自分は彼につらい思いを味合わせた事だろう。七年という長い期間自分を想ってくれていた彼を、上辺だけで苦手だと思い込んでいたなんて。
自分をこんなに支えてくれていた彼に、自分は何と酷い扱いをしていたのだろう…。
「今更好きじゃなくなったって言っても、俺は小川先生を逃がしたりしませんよ」
もう一度キスを送り答えると、小川の顔にやっと笑みが浮かんだ。まるでそれは、太陽のように輝いて眩しかった。

今までは、ただ手紙の主である小川に支えられるだけだった。
これからは、自分が小川を支えていこう。この笑顔を守れる事が出来るのは自分だけだと思う事は、きっと自惚れなどでは無いのだから。


★あとがき★
小説家×小説家。どちらが攻めでどちらが受けかは、私にも分かりません。
何年も片想いしてた相手と、両想いになったからってすぐセックスはしないだろうな。なんて考えてしまったので、今回はエロ無しです。
小説家の話は以前からずっと書きたかったので、とても楽しく書けました。


2009/8/30




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