かんこなC

「どうぞ」
「お邪魔します」
小川の案内により通された室内は、余計な物は一切無く綺麗に整理されていて、彼の性格を表しているようなシンプルなものだった。
「この部屋は自由に使って頂いて構いません。私は隣りの仕事部屋に居ますので、荷物を置いたら隣りに来て下さい」
「はい。暫くの間、宜しくお願いします」
深く頭を下げる早乙女に返事をする事もなく小川は部屋から出ていってしまい、完全に彼の姿が見えなくなった事を確認した早乙女は深く溜息を零した。
あからさまに自分の事を嫌っている相手と数日を共にしなければいけない事実が、早乙女の心を暗く沈めさせる。何故彼がこの話を受けたのか、結局早乙女には理解する事が出来なかった。

――コンコン
荷物を簡単に部屋の隅に置き、仕事部屋の扉をノックする。小川の返事に促され扉を開けると、いかにも小説家の仕事部屋だと思わせる大量の書物で埋め尽くされていた。
「これって…」
ある物を見付け無意識に手を伸ばすと、小川が小さく息を飲んだ。
「俺の書いた本…全部読んでくれたんですか?」
「……読みましたよ。あなたがどんな小説を書いているのか、私は知っている。知っているから、あなたと一緒に仕事をする事を承諾したんです」
今までキツい印象しかなかった小川の顔に笑顔が浮かぶ。しかし、笑顔とは裏腹に、どこか寂しげな目をしていた。
「あなたは、私の本に興味なんて無いみたいですけどね…」

あぁ、自分はやはりこの仕事を受けるべきでは無かったのだ。彼の作風すら知らない自分が、彼と協同執筆などおこがましいにも程がある。彼は、自分の作風を知った上でこの依頼を受けたと言うのに…。
小川に対して無礼な事をしてしまったと、早乙女は自分の軽率さを恥じた。
「小川先生、本当にすみません…。今回の話は、無かった事にしてください」
その場で深く頭を下げると、小川は顔を歪ませた。
「……分かりました。出版社には私から連絡しておきます」
「本当に、すみませんでした。失礼します…」
深い悲しみに彩られた小川の顔を、マンションを後にした早乙女が気付く事は無かった。


翌朝すぐに、早乙女も出版社に電話を掛けた。担当の人間はかなり残念がっていたが、早乙女と小川の不仲を間近に感じていたためか、特に引き止める事は無かった。
「本当、俺って最低だよな。小川先生が俺を嫌うのも当然だよ…」
考えなしに行動してしまった己の軽率さに辟易してしまう。小川は自分の本を全て読んだ上で、自分と一緒に仕事をしてくれる事を決めてくれたと言うのに。つまり小川は、自分の書いた文章を認めてくれていたという事なのに…。
そうだ、今からでも小川の本を買ってこよう。今更読んだところで小川に顔向け出来ない気もするけれど、だからといってこのまま読まずに済ます事だけはしてはいけない。
早乙女は手早く身仕度を済ませると、財布だけを握り締めて書店へと駆けた。

店に置かれていた小川の著書全種類を買って帰った早乙女は、息吐く暇も惜しんで小川のデビュー作にあたる小説の表紙を捲っていく。どうやらこの本は、小説家を夢見る男子大学生が主役らしい。
胸を鷲掴みにされるような力強い文章に、早乙女は食い入るように読み進めていった。

二時間程経っただろうか、最後の文字を読み終えた早乙女の瞳は涙で潤んでいた。
この小説の主人公は、自分だった。名前こそ自分のものと違っていたが、それでも自惚れなどでは無くこの主役は自分がモデルだと胸を張って言える。


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