桜咲け

タカと喧嘩をした。
いや、喧嘩というと語弊があるけれど。俺のせいで、二人の関係は終わってしまうのかもしれない。
それでも、これは俺が選んだ道なのだから。俺の我儘で、タカの人生を壊すことなんてできやしないのだから……。


桜咲け




「とうとう俺らも受験生やねぇ。まぁちゃん、何学部を受けるん?」
学校からの帰り道、タカが俺に尋ねてきた。
って、学部を聞いてどうすんだよ。普通は、志望校を聞くんじゃねえのか。
「……工学部、行きたいと思ってる。ガキんときから、機械関係に興味あってさ。タカは、どこ大学の何学部に行きてぇの?」
志望校を聞かれなかったのを良いことに、俺は志望学部だけを答えてから、タカにも同じように聞いてみた。大学名も一緒に。
「俺は愛媛大学の教育学部に進みたいって思うとるんよ。学部は違ごても、時間が合う時はなるべく一緒に居ろね」
……同じ大学に進むものだと疑いもしないタカの笑顔が、俺の胸に突き刺さる。
「悪い、それは無理だわ」
だって、俺が行きたい大学は東京にあるんだ。そりゃ、愛媛大学にも工学部はあるけど……でも、どうしてもその大学で学びたい。そこでしか出来ないことがあるから……。
そのことを、どうやってタカに告げれば良いだろうか。俺の我儘で遠距離になるのに、それなのに俺から離れるな。ずっと俺だけを想って待ってろなんて、そんな都合良いことは言やしない。

どうタカに告げるべきか悩んで押し黙っていると、突然腕に痛みが走った。
「…ッ…」
「どういう事?大学行ってまで、俺と一緒に居りたないって、そう言よん?」
ハッとタカを見ると、今まで見たこともないような怒気を孕んだ瞳で俺を睨みつけていた。
「違うんだ!そういう意味じゃなくて……」
「じゃあ、どういう意味なん?」
「それは……」
どうする、俺。なんて言えばいいんだ。俺のために遠距離恋愛で我慢してくれ?それとも、一緒に東京に来てくれ?
……んなこと、言えるわけが無い。
俺に将来の夢があるように、タカにだってきっと夢があるのに。その夢を犠牲にしてくれなんて……そんなことは言えない。

結局なにも言えず黙ってしまった俺に痺れを切らしたタカは、「もうええ。まぁちゃんなんか知らん」と冷たい声で言い捨てて、そのまま一人で帰ってしまった。

一人になった俺は、いつもの公園に行くとブランコに座り込んで。ずっとタカのことを考えていた。
大学に合格してしまえば、今まで通りにタカの傍に居られることは無くなるのだ。ずっと俺専用だったタカの隣というポジションは、別の誰かのものになる。
四年間も離れ離れで、それでも心は通じあったままなんて。そんなものは恋愛小説やドラマの中だけの話なのかもしれない。
……上京することを決めたときから覚悟をしていたつもりだったのに、明日からタカの隣に俺は居られないのかもしれないと考えた瞬間、俺は身震いがした。

本当は、全然覚悟なんて出来ていなかったんだ。
俺が東京に行っても、タカなら必ず俺を待っていてくれるだなんて……そんな甘えたことを心のどこかに抱いていた。
「……タカ…」
一緒に来てなんて言えない。待っててなんて言えない。
でも……このままで、良いはずはないんだ。
ポケットから取り出した携帯で、俺は半ば無意識にタカに電話をかけていた。

『……なに?』
暫くのコール音のあと、未だ不機嫌そうなタカの声が通話口から聴こえて。俺は、涙がこぼれそうになるのを何とか我慢する。
「ごめん、タカ……一緒の大学には、行けない」
『……は?』
「大学生になったら、タカの隣には居られない。でも……」
俺の言葉を待っているのか、それとも怒っているのか。タカは何も喋らない。
「俺は、タカと遠く離れても、タカの事が好きだよ」
これだけは伝えておきたかった。タカへの気持ちが変わったわけじゃないことだけは伝えたくて。
「俺は、東京の大学に行きたい。でも、タカのこと、大好きだよ」
涙と嗚咽で上手に喋れなくて、その後はただボロボロと涙を流しながて泣きじゃくった。
泣きながら、もう電話を切ろうと耳から携帯を離そうとした瞬間、大きな溜息が聞こえた。
『大学行ったら俺と一緒に居れん理由って、それ?』
溜息の後で聞こえたのは、何故だか呆れているようなタカの声。
「……うん」
小さく返事をすると、また溜息が聞こえた。
『なんや、良かったあ。てっきり、まあちゃんに振られるんか思て焦ったやんかー!』
「タカ……?」
なんで、そんなに明るいの?今、絶対笑ってるよね?
『あービビった。そうか、県外の大学に行くだけかあ』
「だけ、って」
それがどれだけ俺には重大なことか分かっていないかのように、タカは安堵を含んだ声のまま言葉を続ける。
『そら大学違てたら一緒におれんねえ。でも、長期休暇の時は一緒に居ってよ絶対!』

……あぁ、なんだ。俺は馬鹿だ。
大学が離れてしまえば、タカの気持ちも離れてしまうかもなんて、どうしてそんな不安を持ってしまったのだろう。
そうだよ。どんな時だって、タカは俺の隣に居てくれたじゃないか。タカが離れたことなんて無いじゃないか。
タカの気持ちを信じて、俺は俺の夢のために、タカはタカの夢のために、これからもずっと気持ちは隣で歩んで行こう。


end


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