私には今、新たに生きる理由がある。
今すぐにでもそれを話したいが、とりあえずそれに辿りつくある意味素敵なお話を聞いてもらいたい。
所謂、“彼”との出会いだ。






ちっぽけなワタシ。
まるで世界から弾かれて拒絶されているかのよう。
ばーか、そんなこと知ってるんだよ。
生まれたときからこんな処遇の自分なんか、この世に通用する人間じゃないってことくらいさ。
素足でコンクリートを踏むのも悪くない。
太陽に焼かれたそれはワタシを焦がしてくれるし、冷凍庫という名の雪で冷やされた時はアイスクリームの如くかちこちに凍らしてくれるし。
ボロを纏って歩くのはスリル。
ニンゲン共がワタシを蔑んで見ているのが楽しくって仕方がないの。


ポヴァティ、そのままの意味。
貧困共が集まるこの街は私のお家。
スクラップ置き場は子供たちの遊び場となり寝床となる。
黒ずみ鉄臭さが漂う廃墟は大人たちの酒飲み場。
酒って言ったって、どうせそこら辺から拾ってきた安っぽいお酒。
けどね、拾って持って帰ると仲間に入れてくれるの。
こんな人間の秩序も何もどうだってよいだろうけど、お酒は飲んでいい年齢のはず。
ちゃっかり判断しちゃってる。
今日だってほら、私の両手にはアルミなんて薄っぺらい容器に包まれたアルコール濃度の高いお酒がある。


散らばるガラスやらを踏み越え、大人たちが集まっている奥へと足を進める。
が、何故かいつもの馬鹿騒ぎが聞こえない。
世間の末路を語る中年の男たち、イケないことをしながら酒を堪能するアホカップル。
喧嘩を起こし、囲み合う同世代の奴ら。


皆みんな、いない。


廃墟ビルはますますもぬけの殻。
怖いとかじゃなくて、ただ単にワクワクした。
だってこんなこと1日たりともなかったんだもの!
どんなお祝いの日にだって、雨に降られようたって、必ず此処には誰かが存在していた。


此処にいるって言うことは、互いに生きているってことを確認するということでもある。
そりゃしばらく来ない人間は死んだも同然だろうに。


「さってと、何があったのかな」
奥へ奥へと進むうちに好奇心が増す。
全く人気がないのは分かってはいたが、どうも“片付けられた”という雰囲気があって妙である。


「…誰?」
ワタシはひとつの気配に気がつく。
「あれ、全員排除したと思ったんだけどなあ」
振り向かなくても分かる、この人はただの治安部の人間ではない。


『輪(サーカス)』だ。


「そう…。彼らはこの世界にはイラナイ者と見なし、処分したのね」
「あー、お前の仲間だったか? 悪いが俺だって好きでやってるんじゃねえ、これはあくまで上の命令だから仕方な」
男らしき人物が言い終える前に、ワタシは両手に担いでいた酒の缶を投げ捨てた。
たちまち破裂し、中の安臭いアルコールの匂いがたち込めた。
「仲間でもなんでもないし、貴方が自らの意志でやったとも思っていないよ」


問題はそこじゃない。


ようやっと彼を直視した。
真っ赤な髪に、暗がりで光るうっすら濁った、けれども美しい金色の瞳。
長身の彼はワタシのすぐ後ろに立っている。
「…俺の気配にすぐ勘づくなんて、お前何者だよ」


口角を上げ、まるで面白いモノでも見るかのように。
試されているんだと思った。


けれども同時に、ようやっと直面出来たという緊張感もあった。


「貴方の噂は耳にしています。国家防衛最高機関『輪』第壱號艇長、朔さん」
その言葉に反応する朔さん。
「数年前から貴方の動きを聞いていましたが…、本当に感謝しているんです」


そう、それは本心である。


―彼はこの街の幼く、未来のある子供たちを自ら拾っているのだということ。
ワタシみたいなどうしようもない若者ならまだしも、どうしてこんなにも小さな子供たちが苦しい人生を強いられなければならないのか。
いつもワタシの周りに集まってきてくれる子供たちの笑顔が、私がこの街に留まり続ける唯一の理由。
「俺も前からお前をマークしていたんだ。何故一斉排除のリストに入っていないのか」
「能力者(ヴァルガ)の細胞に侵されていない、この街でただひとりの人間だったから」
上出来だ、と鼻を鳴らす朔さん。


こんな街だ。
厄介で危ないクスリが出回るのは珍しくなかった。
しかしここ数年、そのクスリが異常におかしいということに気がついた。


「ワタシはいつだってそのクスリを飲めました。所詮どうしようもない人なわけだし…」
怯えずただ目的へと向かうことによって、それは私の生きる意義となり糧となる。
そうして心を保ってきた。
けれどそれは彼によって変わったのである。


かなり貧弱で、生まれつき病をもった女の子を特に気にかけていた。
栄養のあるものを少しでも分け与えてあげたいと思ったが、私に出来ることは全くなく、ひたすら彼女に言葉をかけ、夜は共に寝てあげることくらいしかなかった。
ああ、どうしたらいい?
私がこの街を出たら稼いでいける方法なんていくらでもある。
けれど違うんだ。
この子たちを置いて行ったら、誰が面倒を見るの?
もしかしたら例のクスリを飲まされるかもしれない。
無知な子供をできるだけ不安にはさせたくない。
その気持ちが勝ってどうすることも出来ず、無情にも日が過ぎていくだけだった。
とうとう呼吸も危うくなり、限界かと思われたある日。


神様が舞い降りたと思った。
いや、あの金髪ロングのやつじゃなくて。
真っ赤な、温かい雰囲気を纏った彼はその女の子を抱いた。
彼の被っている長いシルクハットを女の子に被せると、表情が和らいで先ほどよりも呼吸が安定したようだった。
…不思議と警戒はしなかった。
持っていた水を全部零しても焦らなかった。


シルクハットは、彼はワタシの大切なものを守ってくれる気がする。


「まあこんな貧困街にお前みたいなやつがいたとは思わなかった」
「なまえ」
「…え?」


「ワタシを、なまえを…この街の子供たちを守れるくらい強く、強くしてください」
朔さんと、今度は私が彼らを守る番だ。
転がっている缶を思い切り踏みつぶす。
「…なるほど。それはいい選択だ」
ぎらりと輝るその瞳を見つめ返す。
「もうひとつ、私の望みを聞いてください」




「私に、そのシルクハットを被らせて」




始めの一歩は、貴方からそのシルクハットを被せてもらわないと進まない気がする。
目線を逸らさず、見つめ続ければ何の迷いもなく被せてくれた。
その瞬間
根本的なところじゃないけど、心のどこかでカチっという音が聞こえた。


ああ、これだよ。
私の濁りかけていた心が真っさらになる感じ。
今まで体験してきたスリルなんかとは比べ物にならないくらいなの。




貴方のcilindro(シルクハット)は私の心を開く鍵。




「全く、本当にこれをやってもらいたかったんだな! 可愛いやつ」
こう言われたのも今までにはなくて少しドキっとしたのはまた今度話そうか。




mokuzi


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