小説 | ナノ
本音と建前



「兄ちゃん、今日からよろしくね?」

天使のように可愛い弟にそう告げられて。俺は天に向かってガッツポーズをするべきだったのか、地に向かって崩れ落ちるべきだったのか。正解は分からない。


うちの家庭事情は実は複雑だ。俺が3歳のとき、両親が離婚した。この母親ってのが、子供(俺のことだが)の面倒も見ずに酒は飲むわギャンブルはするわ、最悪の奴だったらしい。そういう理由で、俺は父親に引き取られた。

6歳になったときに父親が再婚し、俺には一気に母親と弟が出来た。こっちの母親はそりゃあもう素晴らしい人で。連れ子である俺と、実の息子である弟。差別することなく平等に接してくれた。

家族仲について聞かれれば自信を持って良いと答えられる。だが、俺は成人したのを機に実家を出た。それには複雑な事情があるのだが……。

「兄ちゃん、この荷物どこに置いたら良い?」

その事情の95%を占める原因である弟、遥斗が玄関先で問い掛けてきた。単刀直入に言おう。可愛い。ただ質問をするだけなのにとてつもなく可愛い。そこで首を傾げるな!

「ああ……散らかってて悪いな。まあその辺の床にでも、適当に」

まずは弟をリビングへと案内する。平静を装いながら腕で床を指し示して答えると、弟はコクリと頷いた。
ああ、可愛い頷き世界選手権があったとしたら、こいつはぶっちぎりの一位に違いない。他の奴らなんて足元にも及ばねぇ!

「ごめんね、せっかくの一人暮らしなのに同居なんてことになっちゃって」
「いや……相変わらず父さんと母さんの仲は良いな。海外出張に一緒についていくなんて」

俺が勧めたソファーに座り、クッションを膝に乗せながらしおらしく肩を落とす遥斗。対して俺は立ったまま、手近な壁に体重を預けた。何気ない様子で答えを返すのにどれだけ苦労しているかなんて、こいつは知らないままだ。


自分の義弟がとんでもなく可愛いのだと気付いたのは6年前……俺が18歳、遥斗が14歳のときだった。
茶色のふわふわした髪、よく動く大きな目、ぽってりした唇……兄の欲目もあるのかもしれないが、それを差し引いても有り得ないほどに可愛いのだとようやく気付いた。遥斗が向けてくる無邪気な笑顔、それがたまらなく愛おしかった。

この感情は家族愛であり兄弟愛であると、そう思おうとした。しかし……いくら俺でも、家族として愛してる相手と話す度にムラッと来たり。時には頭の中で裸に剥いたり。それを兄弟愛だと思うほど馬鹿じゃねぇ!

俺を実の兄だと信じている弟にこの気持ちを知られる訳にはいかない。だが恋慕はますます募るばかりで。このままでは弟に手を出してしまいかねないと、数年後に家を出た。


それなのに。人生、何が起きるかなんて分からないもんだ……。


「どうしたの、兄ちゃん?」

と、物思いに耽っていると。不思議そうに遥斗が質問をしてきた。いかんいかん、ついこいつを見つめていたらしい。それにしても遥斗が言う「兄ちゃん」。どんな素晴らしい音楽よりも極上の響きだ、弟よ!

「いや……遥斗も大きくなったな」

俺の言葉を聞いて、遥斗はふわりと笑った。見つめていたことへの咄嗟の言い訳にしては上出来じゃないだろうか。自分で自分を褒めたい。

「そりゃあ、俺ももう20歳だから。政兄が一人暮らし始めたときと同じ年だよ?」
「20歳?20歳か!?」
「童顔だからそう見えないって言うんでしょ」

この可愛らしさで20歳とは。日本の成人男子は恐ろしい。
驚きのあまりつい大きな声をあげてしまうと、唇を尖らせながらの不平が返ってきた。……なんてつやつやの唇……!
俺にとっては誘ってるようにしか見えず、今すぐむしゃぶりつきたい衝動を必死に抑えて首を振る。ついでに自分の服の裾も握り締めてしまい妙な跡がついたが、まあ良いだろう。気を抜けば唇に吸い寄せられそうな視線を無理矢理引き剥がした。

「あー……そうだ、遥斗。ここまで来て疲れただろ?先に風呂入るか?」

このままではこいつの唇に全ての意識を持ってかれた上、熱いキスを贈ってベッドに強制連行なんてことをしかねない。更にはそのまま兄弟の縁を切られ、一生会えないなんていう未来まで思い浮かぶ。それだけは絶対にごめんだ!

そうしてなんとか意識を逸らそうと、遥斗が到着する前に予め沸かしておいた風呂へ話題を移す。それを聞いた遥斗はしばらく俺の顔をじっと見つめて……

「本当!?ありがとう兄ちゃんっ」

とびっきりの笑顔を返してきた。……これはこれで危険だ。俺の理性が。抱き締めたい衝動に駆られて広げそうになった両腕は、腕を組むことによってなんとか誤魔化した。誤魔化しきれてない気がしてならないが、ここはひとまず良しとする。

「風呂はこのドアから出ればすぐ分かるから」

腕を組んだまま指先で方向を示すと遥斗は嬉しそうに何度か頷いた。そして立ち上がって歩みを進め、ドアノブに手を掛けたところで何かを思い出したかのように動きを止めた。振り向くその顔に浮かぶのは、悪戯げな表情。

「ね、兄ちゃん。俺がなんで一人暮らしじゃなくて居候させてもらうことになったのか、分かる?」

それは俺がこの話を聞いたときから抱いていた疑問でもあった。遥斗が俺と同居する。二人きりで暮らす。嬉しくてたまらず了承したが、襲いかねないからという理由で一人暮らしを選んだ身としては……正直言って複雑な心境だ。
静かに首を振る。すると、遥斗は太陽のような満面の笑みを広げた。

「大好きな政兄と一緒に暮らしたかったから!」

言い終えてすぐ、弟は俺の反応も待たずに部屋を出ていった。でも俺は今の言葉の意味がしばらく理解できないまま、ただ突っ立っていた。
大好き?大好きって言ったのか、今?遥斗が、俺を?

兄として大好きだと言ったのだろう、そのくらいは分かっている。それでも衝撃と歓喜のあまり、思わず床にへたりこんだ。

「……反則だ」

これからの生活が理性との戦いになることはまず間違いなく。大きく息を吐きながら、膝の間に顔をうずめた。
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