港には人が集まっている。一人の女の旅立ちだ。おれは何をしているんだろう。建物の窓際から見守る。港まで行けないのは自分を守るため。傷つきたくない、忘れさせてくれよ、もう。ああ、もう、無理だ。涙が止まらねェし、ださいよおれ。
愛し合った記憶がまだ胸に残っている。本気だった分だけ悔しさも湧き出るのだ。忘れたい、でも忘れたくない。矛盾してる考えに苛々する。同時に自分に嫌悪してしまう。
いつもそばにいてくれた、笑顔で支えてくれた、なのにおれは傷つけてしかいない。
「ヨシノ…」
「呼んだ?」
下を向いて、窓から風を浴びていた。ふと廊下の方から、ヨシノの声がした。幻聴か?おれも年をとったもんだ。
「クザン!聞こえてるの?」
「え、ヨシノ、なにしてんの」
「クザンがずっと窓から見てたの、知ってるから。見送り来てくれないんだね」
おれと向き合うヨシノは寂しそうに笑った。かつて愛した女のその顔を見るとまた、胸が締め付けられる。
「それはッ…おれが寂しいからに決まってるでしょ。意地悪だねェ、ヨシノは。クザン泣いちゃうよ」
「ふふ、強がらなくていいのに。…クザン、愛してくれて、ありがとう。傷つけてごめんなさい。」
「…耐えれねェから抱き締めていい?」
「今は独り身だからどうぞ」
久しぶりにヨシノの背に腕を回す。匂いも変わらなくて、頭を撫でた。安心する、ヨシノの匂いは。どこにもやりたくねェなと独占欲がまた湧き出る。同時に涙を啜る音が耳に入った。ヨシノが泣いてるのだろう。
「懐かしくて、涙が出てきたよ。幸せだったね」
「裏切ってばっかのおれだったけど、今度ヨシノに会うときは、大切にする。間違いねェ。愛してるよ、可愛いヨシノちゃん」
「ヨシノちゃんなんて、最初の呼び方だね」
「ヨシノの幸せ、願っとくから」
つい、腕に力が入る。離したくない、でもそろそろ時間なのだろう。腕時計をちらりと見た。ゆっくり離して、最後に手の甲にキスをした。
「いってらっしゃい、大きくなってこい」
「いってきます、またね」
涙を目に溜め、最高の笑顔をおれに向けた後、そのまま去って行くヨシノ。後ろ姿を見届ける。見えなくなるまで。一度も振り向かなかった。遠く、感じたこの距離を早く縮めればいいのだが。
「おれも頑張るかァ」
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