ついに明日、ヨシノが旅立つ。あの日から何も変わらない生活。変わったことといえばヨシノの荷物がまとめられていることくらいだ。リビングの隅にはダンボールの箱が三つほどある。夕食を作るヨシノの後ろ姿を見て胸が苦しくなった。手放したくねェ。
気づけば後ろから抱き締めていて、肩に顔を置いた。相変わらずいい匂いだ。安心する。ヨシノは包丁を置き腰に回している手を握って、静かに笑った。
「スモーカー、愛してる。愛してるよ」
「さよならよりも哀しい言葉だな」
「今伝えなきゃだめでしょ?」
「明日なんて来なけりゃいい」
「そんなこと言わないで、哀しくなるから」
たまらなくなって、正面で向かい合い、唇を重ねる。こんなに愛しているのに、別れなければならないのか。ヨシノは涙を流す。それが唇に伝い、しょっぱい味がした。同じ道にまた交わるのだろうか。
「終わりじゃないから、またきっと会えるよ」
「何も言わなくていい。もう言うな」
「ん、スモーカー…」
料理の途中だというのに、止まれなくなってしまった。今は甘い時間を過ごせればいい。二度と忘れないように。ああ、神様、頼むから時間を止めてくれ。
ベッドに横抱きをして連れて行く。夢中になってヨシノを激しく求めた。ヨシノも応えてくれる。ヨシノの身体におれを刻むように、忘れないように。
「ヨシノ、愛してる」
こんな最高の女、いない。何より人のことを考えて、自分を犠牲にして、尚且つ気高い女。現世で会えなくたって、生まれ変わっても見つけてやる。お前じゃない誰かなんて意味がないから。
数回、果てた後、ヨシノを抱き締めて眠っていた。朝が否が応でも来るのである。ヨシノより先に起きて寝顔を見つめる。無防備で可愛い。前髪をかきあげて、額に唇を落とすと目を開いた。寝ぼけているのか、顔を緩めて微笑んでいる。
「スモーカー、昨日のおかげで腰痛いよ」
「悪ィな。他の男で満足できないようにしたつもりだ」
「ふふ、よかったよ」
泣くのをこらえるのはやめてくれ。
笑って見送れなくなるから。布団の中で抱きしめる。温かくて、こちらも泣きそうになる。
「用意しなきゃ…」
邪魔するかのように離さなかったことを許してくれ。
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