「大佐、海軍をやめさせていただきたいのですが、」

「…それはもう決めたことなのか?」

「はい、前々から考えていたことなので…いきなりで申し訳ありません」


朝早く、どうしても顔を見たくなって、つい会いに来てしまった。眠いながらも会えるとなれば別。その時にドア越しに不意に聞こえたその声。愛しい人だ。すぐにわかった。入ろうにも入れず立ち尽くす限り。

スモーカーと結婚するのか?まさかそんな話になっているとは思っていなくて動揺してしまう。話が終われば聞いてみよう。ドアを背に座り込む。泣きそうだ、情けない。男としてちゃんと見送ってやらなきゃな。


「手続きはやっておくから、安心してろ。行く宛はあるのか?」

「…それはないのですが、大丈夫です。お金貯めてましたから、どこかの島で暮らそうと思います」

「スモーカーはなんと言うかな」

「私の人生ですから、ね。また荷物取りにきます。失礼します」



スモーカーが知らない…?どういうことだ。全く訳がわからない。こちらに向かってくる足音が聞こえた後、ドアが開いて後ろに倒れてしまった。あ、


「…盗み聞き?」

「いやァ、そんなつもりじゃなかったんだけど」

「これスモーカーに内緒ね」


転んだおれの手を引っ張ってくれるヨシノ。あの悩んでいた姿はどこに行ったのだろう。今おれに笑いかけてくれるヨシノは前のヨシノみたいで。思わず泣きそうになってしまった。それを勘づいたのか、また笑った。


「泣かないの、別れてからクザンも泣き虫になったね」

「ヨシノは強くなったな…情けねェわ」

「情けないなんてことないよ、私も前まで悩んで泣いてたし、やっと決めれたの。立ち話もなんだし、どこかへ行きません?」

「…喜んで」



_______________


マリージョア内のカフェで一息つく。朝早いからか、人も少ない。おれはホットコーヒーでヨシノも同じものを飲んでいた。スモーカーのものだとしても、海軍やめたらこんな風に会えなくなるのか。会えるだけで幸せだったのに。


「なァ、スモーカーとはどうなんだ?海軍やめること知ってんのか?」

「知らないよ、今夜言うつもり」

「怒るぞ、あいつのことだから」

「わかってる、それに…別れる気でいるの。もう三人とも恋愛に縛られないようにね、私がいると二人ともダメになっちゃうでしょ?」


そう微笑みながら言うヨシノにおれの胸が締め付けられて。彼女が決めたことなら、おれは何も言えない。こんないい女が決めたことなら。前までそばにいてくれるだけだったが、腑抜けなおれに喝まで入れてくれて。余計好きになってしまう。


「おれは何も言えねェ。ただいい女になったな」

「だめな女が成長したでしょ?」

「もともといい女だったけどね、今更に好きになった」

「クザン、ありがとう、ほんとに。あなたと会って別れてから変われたよ?愛しいと思ったのも初めてだった。大好きだった」

「…」

「過ぎた話だけど、クザンも愛してくれてたんでしょ?ただタイミングが合わなかった。クザンってば気づくの遅かったし、私も着いていくだけだったし。今戻ったら上手くいくかもしれないね。でもできないの」

「それきついわ…でもヨシノの幸せを願うことがおれにできることだからな、遠くから見守ることにする。はァ、おれも変わったな」

「ふふ、またいつか出会ったら1からやり直そうね。その時には隣に誰かいるかもしれないし、運命なんてわからないから」

「あー…幸せ願うとか言って、ヨシノの隣がいいなんてわがまましか思い付かないや」

「ふふ、クザンらしい」


笑顔が見れただけで幸せと言っておこう。



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