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ついに出発の朝、やはりといっていいほど早く目覚めてしまった。この日が来て欲しくなかったと何度願ったのだろう。半年ほどお世話になったこの部屋ともさよならだ。思い出もたくさんある。荷物はほとんどエニエスロビーに送っているので、あと段ボール一つ、ベッドのそばに置いてあった。

駄目だ、朝から泣いては。

トリップしてから時が過ぎるのは早い。
時が過ぎると共にこの海軍が大好きになった。原作はいつ始まってしまうのだろうか、でもCP9の人達がウォーターセブンに向かってないということはまだまだ原作には近づいていないのか。それともこれはパラレルワールドなのか。原作と違うものなのか。

そんなことを朝から考えても仕方ない。顔を洗って、慣れないスーツを着た。鏡で見ても格好つかない。大人のように着こなしたいが、この顔と雰囲気では無理な気がする。

…化粧しようか。

現在時刻は朝の5時、出発は朝の9時である。あと4時間も何をしておこう。そうだ、思い出めぐりにいこう。1人で寂しく、だが。

帰って来れない訳じゃない、わかっている。それでも向こうでこちらの事が寂しく思えるに違いない。こんな充実した半年間はなかったのだから。

ヒールがコツコツと鳴り響く廊下では朝早くから自主訓練している海兵もいる。大変だなァと見守りながら毎日掃除を欠かさずやっていたことを思い出した。あのおかげでたくさんの人と仲良くなれた、気がする。海兵さんにも挨拶するように心がけて、向こうも心を開いてくれた。異世界人は目立ったなァ…今じゃ全然だけれど。


「懐かしいなァ」


勝手に涙が流れるのは寂しいからなのだろう。ハンカチで涙を拭っていると、こちらに気づいた海兵が敬礼してきた。窓を開けると「頑張れ、リンゴー!おれたち待ってるからなーまた訓練しよう!」と声をかけてくれた。なんていい人たちなんだ。

頑張って手を振ると、その動きがぎこちないのがおもしろいようで笑っていた。爽やかな人が多い、海軍である。


その後も場所も決めずに歩いていると、太陽が昇ってくる。日差しが出てきて、少し眩しい。気持ちのいい天気、頑張れる気がしてきた。

そして最後に向かったのは会議室である。今は机と椅子のみが並んでいて、その一つに座った。ここで海軍に入らせてくださいと頼み込んだのだ。あの日を思い出すと、皆が怖くて、更に自分の力の怖さも知って、震えて倒れたな、と苦い思い出だ。思わず苦笑いを零す。あの時頼まなければ、違うところに住まされていたのだろうか。今と違う状況なのだろうか。

もしも、なんて考えても無駄かもしれないが、考えずにはいられない。


「く、うぅ…」


寂しくて、怖くて、不安で涙が止まらない。
俯いて机にひれ伏せる。化粧もまたやり直さなきゃ、馬鹿だ。


「リンゴちゃーん、見つけた」


後ろから包み込まれた、この声は。


「ク、クザンさんッ…」

「リンゴちゃんのことだから、早起きしてるんじゃないかと思って。おれも早起き頑張っちゃった」

「さ、探してくれたんですか…」

「うん、大体行く場所はわかってたけどね」

「ごごめんなさいッ、不安にさせてしまいますよね…!大丈夫です、あっちでは絶対泣きませんから」

「…無理しないでね。リンゴちゃんの帰るところはここだから」


いつも探し出してくれるクザンさん。どんな場所にいようが、変わらないのである。…何度助けられたか、わからない。


「さ、部屋に戻ろう。うん、スーツ似合ってる。可愛いよ」


こんなあたしを可愛いと言ってくれる。心広い、恩人である。手を繋いで、まるで子供のように甘えてしまうのだ。


部屋に着くとクザンさんが紅茶を入れてくれ、ソファーで二人揃って、それを飲むと次第に落ち着いてきた。受け入れるしかないのだ、この現状を。


「あたし、頑張ります。最後の最後まで迷惑かけてすいません」

「迷惑だなんて思ったことないからね、リンゴちゃんらしくいたら、あいつらも変わるだろうよ」

「…あ、あたしらしく、ですか」

「そ、謙虚で真っ直ぐ向かって行ったら大丈夫。泣き虫だけどね」

「うっ…はい」


クザンさんは頭を撫でながら、優しく笑った。クザンさんもずっと一緒にいて欲しいだなんて我儘を思いつくが、心の中に秘める。


「あ、リンゴちゃん、今おれに着いてきてほしいと思ったでしょ?」

「…!?」

「可愛いんだからー、わかりやすいね。おれも階級が低ければ一緒に行ってたよ」


見透かされたようで心音が早くなった。

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