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歩くこと30分ほど。ようやくこいつの部屋までたどり着けた。あの部屋からは10分ほどで着くのだが、わしを背負っちょるせいで時間がかかった。いらんお節介じゃァ。しかし動けん自分にも腹がたつ。扉を能力で開けてわしをベッドへ運び終わると床に倒れ込み息も絶え絶えだった。バカな子犬。
ほっとけばいいものの。横目で見ていると、落ち着いたのかちょこまかと動き始めた。どうやらもう介抱の準備をし始めた。桶に氷水を入れ、タオルを数枚用意し、転けないか心配になる。あいつはドジじゃから、目が離せん。身体が熱くて頭も朦朧とするが寝ちゃならん。寝顔を見せてたまるか、と変な意地があるのだ。子犬に弱い一面を見せたくなかった。それが何故なのかもわからない。単なる意地であろう。
「サ、サカズキさんっ、お待たせしました…!熱いですよね…服、失礼します」
きっちりと着ているスーツに正義とかかれたマント。気を遣ってゆっくりと脱がす子犬に情けなくなり、自分でする、と手を払いのけた。子供じゃあるまいし、これくらい自分でできると思ったが、なかなかうまくいかない。力が入らずスーツも脱げなかった。
「ごめんなさい、サカズキさん。本当に下手で…できるだけ負担にならないように脱がせさせてもらいますから…」
こいつは自分が下手で嫌がったのか、と思っちょるのか。いつもいつも思うが何故そんなに自分を下げるのか。何故自信を持たない。お前の人間性に惹かれちょる奴はたくさんおるというのに。じっと顔を見てみると怯えて顔を両手で隠す。まだ怯えるのか、
「ひいっごめんなさい!」
「…わしはお前の言うこと聞く約束じゃったな。すまんな、好きにしろ」
「え…!サカズキさんが…」
「なんじゃァ、なんか文句でもあるんか」
「い、いえ!なんでも、ないです!」
嬉しそうににこにこと微笑みながら脱がしてくる子犬。本当に単純な犬だ。尻尾をつかんでやりたいくらいに、今喜んでいるのだろう。何故かわからないが見えると、この前ボルサリーノが言っちょったな。思い出して口角が上がった。
その後汗を拭くために上半身裸にされたが、どうやら子犬は男の体に慣れちょらんのだろう、顔を反らされる。しかも顔を真っ赤にしながら体を拭くのだ。…男じゃったらその反応されたら耐えるしかないじゃろう。愛しいなんて思ってしまうじゃろう、この馬鹿犬。
それにわしの体には刺青が彫ってある。左胸あたりから腕にかけて桜の刺青。それを見つけると子犬の目が輝いた。まじまじと見つめてきて少し照れ臭い。
「あ、桜!うわあ、綺麗ですね…!あっごめんなさい…」
「別に気にしちょらん。そういえば桜が好きじゃったな」
「そうなんです、たまにラクサ島に行ってお花見してます。綺麗なんですよ」
「前クザンとボルサリーノと行っとった時か」
「はい、あのですね、あたしの国に素敵な歌があってですね!有名な歌なんですけど、『世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし』という歌があって…あ、ごめんなさい、話しすぎました」
「構わん、続けろ」
「へへへ…その意味は『世の中に全く桜がなかったなら、春の人の心は咲くのを待ちこがれたり、散るのを惜しんだりすることもなく、のどかなものであろうに』なんです。桜って本当に綺麗だし、大好きなんですよ」
桜に関しては饒舌になるのか、初めて知った。今度何かあげてやろうか。
そう考えていると汗を拭き終わり額に氷水で冷やされたタオルが乗せられる。熱も計られた。どうやら38.8℃もあるらしい。マグマグの実を食べてでも熱を出すなんてクザンに知られたら…その前溶かすかのう。
ようやく落ち着きベッドの傍に座り込む子犬。溜め息をついて、安心したようだ。すると顔を突然上げて手を握ってくる。子犬の手が冷たくて気持ちがいい。
「サ、サカズキさん、だ大丈夫ですから。あたしが治るまで看病しますからね」
「…いきなりどうした」
「ね熱出したとき寂しくなりませんか?あたしだけかな…」
こんな大人が寂しいだなんて思うか、思わん。手を強く握られる。少し握り返せば小さな手であった。ああ、いかん。この気持ちをどこで出せばいいんじゃァ。愛しくて、やるせなくて、胸が熱い。熱のせいなのか、この気持ちのせいなのかわからん。
目が眠そうである。とろとろした目になってきた。疲れたのだろう。
「寝ていいぞ」
「けど、あたしがサカズキさんを看る…寝ちゃ、だ、め」
と言いながら寝てしまった。手は握られたまま。片方の手で顔を覆いどうしようもない自分がそこにいた。
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