水中花 | ナノ
指の痛みと幼馴染と



ボールを受けたことで指に走った衝撃。しかしなまえは、いつも通りのものかと思っていた。いつも練習の時は指にボールが当たるし、放っておけばいつも治っていたからだ。
しかしそうではないと気付いたのは、練習終わりの猫又監督の挨拶が始まった時だった。

ジンジンする。
そう思って自分の手を見たなまえは驚く。その場所は大きく腫れあがっていて変色していたからだ。猫又監督の言葉なんて耳に入ってくるはずもなく、その痛みに耐えるばかりだった。

「じゃあ私、洗い物とかしてくるね!」

一刻も早く水で冷やしたくて、なまえは走り出そうとする。しかしその行動は止められた。黒尾に腕を掴まれたことによって。

「バカか。こんな手で洗い物出来るわけねえだろ」
「えっ、なんで…」

不機嫌そうに眉を寄せている黒尾に見下ろされたなまえは動揺を隠せない。まさか知られているとは思わなかったからだ。黒尾の目線はしっかりと変色した指に注がれていて、知っていたのだと確信した。
そんななまえを差し置いて、黒尾は海に声を掛けた。

「海!」
「おう、なんだ?」
「コイツの事保健室連れてくから、洗い物代わりに頼む」
「うわっ!変色してるじゃん。早くクロと保健室行っといでよみょうじ。これは俺たちに任せてさ」

夜久も気付いたらしく覗き込んできた。でも、と渋ったみょうじに海と夜久は笑う。

「いつも頑張ってくれてるんだからいいって!ほら!」
「その痛みが長引いた方が問題だからな」

一年に「準備ができたやつから解散」と声を掛けると、黒尾は勝手に歩き出す。海と夜久の気配りに「ありがとう」と返事をして、なまえは黒尾の後を追いかけた。

「あの二人は本当に仲がいいな」
「ホントそうだよなー、早くくっつかないかなぁ。」

海と夜久がそんな会話をしていたのを二人は知らない。

* *

「あれ?鉄くん?」

保健室の扉を開けて中に入ると、先客がいたらしく声を掛けられた。明らかに女子の声でなまえは動揺する。黒尾が前にいるため彼女の顔は見えないけれども、鉄くん、とは勿論自分の目の前の黒尾の事なのだろうと簡単に予測できた。

「鉄くん怪我でもしたの?」
「俺じゃねえよ。マネージャーが指やった」
「えっ、マネージャーなのに?」
「ああ、マネージャーなのに」

2人の親しげな雰囲気になまえはついていくことはできない。黒尾が冷蔵庫の方に行ったため、その女子生徒の顔が見える。可愛らしい女の子だとなまえは思った。

「ふうん、この人がかぁ…」

自分を見定めるような視線になまえは思わず視線を彷徨わせた。顔は笑っているのに、探ってくるような視線がなんだか自分に重くのしかかってるような、そんな感覚になる。
もう十分なのかその女子生徒はいきなり声を上げて鞄を持ち上げた。

「じゃあ鉄くん、私帰るねー!お邪魔しましたー!」
「おー、気を付けて帰れ」
「鉄くんもねー!ごゆっくりー」

パタンと閉まったドアになまえは、保健室に入る前よりも随分負の方に傾いてしまった自分の気持ちを紛らせるように声を上げる。

「クロの知り合い?」
「ああ、まあ幼馴染みたいなもんだな」

ああやっぱり、と思う。あの親しげな感じと、名前を呼ぶあたりそうだと思っていた。高校の人たちは黒尾のことを苗字で呼ぶことがほとんどで、あんまりにも親しげにしゃべっているのを見たのは研磨以外では初めてだったからだ。
知らず知らずのうちに手の痛みが、胸のあたりに移動してきたのかと錯覚するくらい、ちくりとしたものがなまえの胸に走る。

「もしかして、クロの好きな人ってあの子?」
「は?」

おどけたように笑ったなまえの言葉に黒尾は怪訝そうな表情をして見せた。でもそれさえも照れ隠しかもしれないと思う。そう思えば思うほど胸の痛みが増したような気がして、気のせい気のせいと自分自身に言い聞かせた。

「だって、随分仲良さそうだったからさ!」
「バカなこといってねえで、早くこれ指に当ててその椅子に座ってろ」
「…はーい」

渡された保冷剤を指に乗せて腰を落ち着かせた。冷えていく指と一緒に気持ちを落ち着かせようとする。ぼんやりと夕日を眺めながら、なまえは考えを巡らせる。
クロは私にとって大事な友達だから、きっと好きな人が出来たって言われた時、寂しくなっちゃったんだろうな。親友を彼氏にとられた時と同じ気持ちかなぁ。そんなことを考えた。

「みょうじ」
「へっ!?」

不意に自分に影が出来たと思ったら、両頬に痛みが走る。そっちに顔を向ければ黒尾が、背筋がぞっとするような笑みで自分を見下ろしていて、なまえの顔からサッと血の気が引く。

「大丈夫って言ってたのはこの口か?」
「…いひゃいいひゃい!くろ!いひゃいっ!」
「俺がご丁寧にあんだけ注意したっていうのになぁ?」
「ごめんっへば!いひゃいいひゃいっ」

最大限まで伸ばされて、離された頬はタイミングよく放されて、元の位置に戻る。
痛がるなまえを横目で見ながら、黒尾がなまえの前の椅子に腰を掛けて、なまえの指の上から保冷剤がどかす。するとまた変色した指が目に留まる。それをみて再びため息を吐いた黒尾は、横に用意してあった救急箱から湿布と包帯を取り出した。

「なんであんなとこで手ぇ出してんだよアホか」
「うっ、返す言葉もございません…」
「じっとしてろ」
「あ、自分でやるよ!」
「…その指でやる気か?」

そう一刀両断されてうっ、と詰まってしまったなまえは、再びため息を吐いた黒尾におとなしくやってもらうことにした。
湿布の香りが鼻をついた。

「痛いか?」
「え、うんちょっとだけ痛いかな!」

だろうな。
黒尾の指が湿布の薄っぺらい透明なシートを剥がしたのを見ながら、なまえは綺麗な指だなぁなんてまた場違いなことを考えていた。

「ぐるぐる巻きにしてやるか」
「えっ」

湿布を貼り終えた黒尾が顔を上げて、そんなことを言ってにんまりと笑ったものだから、なまえは間抜け面をさらして、「おおおお手柔らかにお願いしますっ」と必死に頼む。そんな彼女に黒尾は鼻で笑って包帯を手に取る。
でも云ったこととは裏腹に、豆の出来た綺麗で大きな手は、ゆっくりと、まるで大切なものを扱うようにに優しく包帯を巻いてくれた。本当に行動と言動がこういうところではかみ合わないなぁ、て笑ってたら「終わったぞ」と一声が上がる。

「わあ!クロ上手だね!」
「そうか?まあ昔は自分でやってたしな」
「ありがとう」
「ああ。それはあくまで応急処置だからな、家でもきちんと冷やせよ」

黒尾が救急箱を片付けてる後ろ姿を見ながら、クロが包帯巻いてくれたんだ、と改めて考えた。そう考えていると、なぜかにやけてきて、なまえは笑う。そんななまえを黒尾は、「頭にもボール当たったんだっけか?」とバカにしたように言ったのだが、なまえにとってはどうでもよくて、それさえもなんだか嬉しくて笑ったのだった。そんななまえをみて、黒尾はわざとらしく眉を寄せて憐れむような顔をした。

「みょうじもとうとう変になったか…」
「なっ!クロも人のこと言えないくせに!」
「…俺が何だって?」
「わあああ何するの!!折角縛り直したのに!!」

ぐちゃぐちゃにされた頭は手櫛で梳いてもなかなか治らなくて、髪の間から見えた黒尾は、まるで悪戯が成功した子供みたいな顔で笑っていて、なまえの口元は緩やかに弧を描いた。

可笑しいな。クロと一緒にいれることが嬉しいなんて、まるで――。

そこまで考えてぶんぶんと頭を振ったなまえに黒尾はまた眉を中央に寄せるのであった。

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