吸い込まれたもの 私のせいで濡れてしまったブレザーは、たっぷりと水分を吸って重たくなっていて、それが私に降りかかる雨をどれだけ防いだのかを物語っていた。 あろうことかクロは私の家まで私を送ってくれて。 そのまま返すわけにもいかなくて、なによりクロに風邪をひいて欲しくなくて。 「クロ、ちょっとそのまま待ってて!」 「お、おい!」 有無を言わせずに玄関先――勿論雨避けがある場所だ――にクロを待たせて、すぐタオルとその辺にあったジャージをひっつかんで、お母さんの制止も聞かずにビニール傘を持って外に出た。 クロは道路の方に目を向けていたらしく、出てきた私を見ると少しだけ目を丸くした。 「このタオル使って」 「…さんきゅ」 クロの髪の毛はいつもの元気は何処に行ったのか、へにゃんと曲がっていて私の倍雨に濡れているようなきがした。 わしゃわしゃと自分の頭を一通り拭いて、タオルを手渡される。その顔はいつも通りの冷静沈着なクロそのもので、別段動揺しているようには見えない。私だけドキドキしてるのは少し可笑しな感じがした。 申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちが両方顔を出してなんて言ったらいいのかわからない。どうしよう。クロになんて声をかけたらいいの。 「みょうじ」 「えっ」 悶々と考えていたら、急に苗字を呼ばれて。顔を上げると、当然のように鼻を摘ままれて、思わず変な声がでた。 私を面白そうに目を細めてやや口角を上げながら見下ろすクロを、見上げることしか出来ないけれど、声を上げて精一杯の抵抗を試みる。 「く、くろっ!」 「風邪ひくなよ」 すっと温かい手が離れたと思ったら、「借りてくな」なんていって傘を取られて、雨の中にもう身を投げて帰路につくクロの後ろ姿が目に入る。 私が気まずくならなうようにそんな行動をわざととったのだと、冷静になった頭で考えたら。クロの気遣いが身に染みた。 ああ、これだけはいっておかないと。 届くように声を張って、クロの背中に浴びせる。 「クロっ、送ってくれて本当にありがとう!風邪ひかないでね!」 クロは返事をする代わりに軽く傘をあげてゆらゆらと揺らすと、振り返ることなく雨の中に消えていった。 それを見送ってから、私も家の中に入る。 その時私は重大なことを忘れていた。腕に感じる重みの原因に気がついたときにはもう遅かった。バッと外に出てけれど、もうクロの背中は見えなくて。 「クロのブレザー返しそびれちゃった…」 私のものよりも一回りもふた周りも大きいそれは、圧倒的な存在感をもっていて。私の部屋にあることに、違和感しか感じない。 ドライヤーで風を当てながら乾かしていると、お母さんにもからかわれてしまい、言い訳するのが大変だった。「彼氏?」と聞いてくるから、全否定すれば残念とばかりに眉を下げたお母さんに、ため息しかでない。 「そんなんじゃ、ないよ」 全否定をしたものの、モヤモヤとしたものが心の中を覆っていて、それに対してまたため息が出た。分かってる。これがただの自分のエゴで気付かないふりをしてること。 早く自分の気持ちに整理をつけないと。 そんなことを思いながら、意識を闇に沈めた。 130405*up |