水中花 | ナノ
雨の中光る



「あー…」

部室から出てすぐ見上げた鉛色の空からは、細い雨が降り注いでいる。思わずでた溜め息は条件反射だ。
こんなことになるんだったら家に持って帰ってやればよかった、なんて思っても、後の祭り。
地面で跳ねる雨は止みそうにない。
嗚呼、本当に早く帰ればよかったな。折角部活も休みにだったのに。

手持無沙汰になってしまって部室の扉に背中を預けて座り込む。雨避けがあるおかげで、雨に濡れることはない。部室に入り直すのもなんとなく面倒だし、そのままの体勢で校庭の方をぼうっと眺める。雨音はサアアとまるで地面に吸い込まれていくような音を奏でていて、少しだけ眠くなる。もうみんな帰っちゃったよね、きっと。そんなことを思いながら自分の膝に左耳を押し当てて微睡を行ったり来たり。

「また泣いてんのか?」

突然現実に引き戻されて、驚いて顔を上げる。
視線を向けると、真っ赤なジャージが真っ先に視界に入って。段々視線を上げていくと、黒いシャツ、次に鋭い瞳が私を見下ろしていた。独特な髪型を見なくても彼だと判断できた。

「あれ、クロなにしてるの?」
「お前こそなにしてんだ、こんなとこで」

まさかクロが残っているなんて思っていなくて、驚きを隠せない。練習でもしてたのかな。そんな私を余所にクロは私に「どけ」といって。ちょっとだけ横にずれれば、クロは部室の中に入っていく。なんとなく私も中に入ろうかな、なんて思ったけど着替えるのかもしれないと思ったから、そのまま体操座りでいることにした。

「ねえ、クロ」

少し大きめの声で呼びかける。でも返事が返ってこない。不安になって「クロ?」と呼びながら部室の中を覗いてみる。そしたら。
筋肉質の逞しくて男らしい背中が目に入ってきた。と思ったら、クロが丁度こっちを向いて目があった。

「何覗いてんだよ、スケベ」

かっこいいと、凄く場違いなことを思った。

男と女ってやっぱり違うんだって思い知らされて、それと同時に恥ずかしいとかカッコイイだとか感情がごちゃごちゃになって、顔がかぁっと熱くなった。

「わああああごめんんん!」

一瞬にして扉を閉めて、扉に背中を預ける。乱れた呼吸を落ち着かせようとするのに、一度焼き付いてしまった光景はなかなか消えてくれなくて。涼しいはずなのに、上がってしまった熱はなかなか下がらなくて。
はずかしい。でもなんかドキドキした。それは羞恥からくるものなのか、全くの別物なのか、その時の私には判断できなかった。

「みょうじ、出せ」

くぐもった声にハッとして、慌てて退く。扉を開けて出てきたクロはいつも通り教室で見る制服姿で。なんだよ、という声に首を横に振った。クロの視線から逃げるように外に目線を戻す。ああ、どうしちゃったんだろう私の心臓。

「帰らねえの?」

そんなことを問われて、そういえばと我に返る。雨がやむまで雨宿りをしてるんだった。

「傘ないから雨宿りしてたんだけど、止みそうにないね」

あはは、と頭を掻いて周りを見る。やっぱり雨は止みそうにない。さっきよりも少しだけ強くなったような気がする。

「クロ、傘は?」
「今頃家の傘立ての中だな」
「だよね」

沈黙は雨が埋めてくれて、近くに感じる温もりが私の体温を少しずつ上昇させて。このまま時間が止まればいいのに、なんて思った。いや、何を想ってるんだろう。これじゃあまるで――。

「走るか」

ぽつりとクロが発した言葉。
え、とクロに顔を向けたと同時ぐらいにバサッという音と共に視界が暗くなって頭に重みが乗った。え、え、と顔を出すと、クロが行くぞ、なんて悪戯でも思いついたように笑って。その顔に胸の奥らへんが熱くなって。

瞬間、私の身体は雨の中に飛び出していた。
クロの背中を見て、頭に乗ってたのはクロのブレザーだと気付く。私の手を引いて前を走るクロの背中は大きくて、私は訳が分からずについていくのが精いっぱいだった。
胸に芽吹いた気持ちに気付かないふりをして。

130321*up

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