スクールメーカー | ナノ
手洗い場



「痛っ…」

ジンジンと痛む手首が自分の間抜けさを表しているようで、なんだか笑えた。
幸いぼさっとしていた私が下敷きになったおかげで、もう一人の子は何ともないみたいで、すぐに起き上がって私に「ほんまごめん!」と謝ってきた。全面的に悪いのは私なのに、本当にいい子だなぁ。

「夕海!」

一番に駆け寄って来てくれたのは礼乃で、心配そうに私を覗き込んだ。
ぶつかって来た子はすぐに立ち上がって、どこかおかしいところはないか確認してたけど、本当に何も無いようで、内心ホッとしてたのは秘密だ。

「大丈夫なん?」
「うん、大丈夫やよ。ちょっとお昼ご飯のこと考えとって、ボケっとしてた」

財前くんを見てたなんてもちろん言えるわけもなく、適当にありそうなことを言ったら「お昼って何やねん!」と礼乃に的確なツッコミを貰って、皆で笑った。
「私こそ、ほんまごめんな」とぶつかってきた子に謝って、立ち上がる。
立ち上がる時に付いた手がやっぱり痛くて、とりあえず冷やして来ようと思った。

「ごめん、ちょっと抜けるね」
「夕海、どこ行くん?」
「水道んとこ。手捻ってしまったみたい」
「ホンマに!?ウチもついてこうか?」
「ええよ。水道すぐそこやし」

ほんまに一人で大丈夫なん?という礼乃に軽く手を振って、体育館を出て水道のところへ向かう。

蛇口を捻ると勢いよく出てくる水の中に手を突っ込むと、とてつもなく気持ちよかった。
目を閉じると、視界が無くなった分、聴覚がよく冴える。
ピピー!と笛の音が鳴って、ボールをつく音が聞こえて、みんながわーわー騒ぐ声が聞こえて、水の流れる音が聞こえて。学校で聞こえる音が私は好きだ。

「瀬川?」

そんな至福の時を感じていたら、聞こえるはずのない声が聞こえて、私は閉じていた眼をすぐに見開いた。
そこにはやっぱり財前くんがいて、リストバンドで汗を拭っているのが酷くかっこよすぎて、水の冷たさのおかげでどうにか卒倒することはなかったけれど、それほどの勢いだった。

「あ、れ?もうバスケはええの?」

とぎれとぎれの私の問いに答えずに、私の手首に視線を落とした財前くんは怪訝そうに柳眉を中央に寄せた。

「あ、これ?こけてしまった時に、ちょっと捻ってしもうて」
「色変わっとるやん。キモっ」

キモい、かぁ。
少しだけ変色し始めているその手首は自分が見ても気持ち悪いと思った。だから財前くんが言ったことは、正確で財前くんはもちろん悪くない。
別に性格とかそういうことを言われたわけじゃないのに、傷つくなんてどうかしてる。でも、やっぱり好きな人にキモいって言われるのはいい気がしない。

「そうやよね、ちょっと保健室行ってくるね」
「なっ、瀬川!」

何となく財前くんと顔を合わせるのが億劫になって、その場から離れる。後ろで財前くんに呼びかけられたような気がしたけど、止まることなく走る。本当に足をけがしなくて良かったと思った。


(あ、財前。夕海知らん?)
(ああ、なんや全速力で保健室行きよった)
(全速力?…財前!あんた夕海に余計なこと言うたんとちゃう!?)
(なんでや。見たままの感想言うただけっちゅーねん)
(何て言うたんや!)
(は?キモっ、やけど?)
(こんの、どアホッ!んなもん女の子に言う奴がおるか!?だから嫌なんやあんたは!)
(…意味わからへん)
(うちは別やけど、夕海がそないなこと言われたら傷つくに決まっとるやろ!この善哉アホ!)
(……)

120917*up


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