再び教室 「夕海!ちょっとええ!?」 教室に入ってきた途端、礼乃は夕海の腕を引っ張って廊下に出ていく。 何事か解らなくて、礼乃の名前を呼ぶとやっと立ち止まってくれた。 「礼乃、どないしたん?」 「あんた、昨日財前と帰ったて、ほんまなん?!」 最小限に声を抑えて、肩を掴んできた礼乃に、驚く間もなくぐわんぐわんと揺さぶられる。 「帰ったけどなんで?」 「ほんまなん!?」 「うん。けど深い意味はないねん。先輩が言うたから、財前くんはしょうがなく…」 「それどころやないで、夕海!」 切羽詰まったように声を上げた礼乃に、首を傾げると、心底心配そうに夕海の顔を覗き込んできた。 何がそれどころやないんやろ。 そんな問いに答えることなく、礼乃はため息を吐くと言った。 「今日から当分は教室から出るときはウチと必ず出歩くんやで!ええな?」 「え、うん。わかった」 「はぁ財前のアホ、とんでもないことしてくれたわ」と嘆いた礼乃の真意は全く解らず、夕海はただただ頭にハテナを浮かべるだけだった。 学校内で何が起きてるとも知らずに。 「えー!財前くんに彼女ができたってほんまなん?!」 「なんや昨日一緒に歩いとったらしいで」 「で、だれなん?」 「同級生らしい」 「ほんまに!?」 財前に彼女出来たという疑惑は、瞬く間に広がっていた。 テニス部が有名でさらにレギュラーである財前に恋人が出来たというビッグニュースなのだから、当たり前といったら当たり前なのだが。 朝練が終わって早々に、そんな好奇の目に晒された財前は不機嫌さをあらわにして廊下を歩いていた。 白石部長のアホ。あの人が余計なことするからや。 学校の物を蹴飛ばしてやりたいくらい、機嫌は底辺だった。 教室に入ると一斉に注目を浴びた。 はぁとため息を吐くと、一斉にその視線が散った。 ふん、と鼻を鳴らして自分の席に向かうと、俯いた夕海が目に入る。その顔にいつもの笑みは見られず、むしろ落ち込んでいるような、そんな顔だ。 近づいてきた財前に気付いたのか、ハッとしたように顔を上げた夕海と目が合う。何か言いたげに動いた口元は、言葉を発することなく閉じられ、また下を向いてしまった。 そんな彼女に財前の顔はますます歪んだ。 この反応からするともう彼女は噂のことを知っているのだろう。 「瀬川」 名前を呼べば動揺したように、肩が揺れた。「な、なに?」と俯いたまま聞き返してきた夕海に無性に苛ついた。 なんやねん、いつもは顔見て話とったくせに。 顔を見てくれない、というより彼女の顔が見れないことに自分が苛々していることに財前は気づいていない。 クラスメイトからしてみれば、財前が夕海のことを好いているということは、一目瞭然なのだ。またその逆もしかりであり、今日のニュースを聞いてやっとかぁ、なんて喜んでいた輩も少なくない。 でもどうやら様子が違うらしく、どんどん下がっていく教室の気温に、皆が皆冷や冷やしながら見守っていた。 「お前は話す相手に顔そむけるんか?」 「…ちゃうもん」 「ならこっち向けや」 「…うん」 やっと自分の方を向いた彼女に、笑みがこぼれたのを財前自身は気づかなかった。 「話あんねん」 「うん」 |