16「なまえ?何してんだ、そんなとこで」 「あ、左之助」 縁側に腰を下ろしていたら、声をかけられて振り返る。そこには、左之助が腕を組んで立っていた。 「左之助こそ、どうしてこんな所に?」 「あ?俺はただぶらぶらしてただけだ」 隣いいか、といった左之助に勿論といえば、ドカッと座りこんだ。 広間から遠い此処は静かで、まるで世界から切り離されてしまったような気分。 左之助は何も言わないでただ座ってる。 本当に何しに来たのかな? 「左之助ー」 「んー?」 「いいたいことでもあるのかー?」 間延びさせた、おどけたような声でそういえば、左之助は一瞬目を丸くした後に、目を細めて、あぁ、と呟いた。 「何を言いに来たのかな、原田君?」 前にやった時みたいに、お偉方のように先を促せば、左之助は笑ってくれて。思わず私も笑った。 「…やっと笑ったな」 「え?」 首を傾げれば、何だ、自分で気付いてなかったのか?といわれて更に頭を捻る。 「お前、最近沈んだ顔しかしてなかっただろ?」 「あ…」 左之助の言葉は当たってるかもしれない。だって、何かと考えてしまうことはあの夜のことで、もっと早く池田屋に行けたんじゃないのか、とか思ってしまっていたから。 ふと頭に重みを感じて顔をあげれば、左之助がよしよしと頭を撫でてくれていた。 「お前が悩んだからって、どうにかなるわけじゃねぇんだ。だから、お前はいつもみたいに笑ってりゃあいいんだよ」 じゃねぇと俺達の調子も狂っちまう。 左之助の言葉はストンと私の中に落ちて染み込んでいく。 そうだ。私が悩んだって事実が変わるわけじゃないし、時間が戻るわけでもない。 「…うん!そうだよね、左之助の言う通りかもしれない。ありがとう!」 「おぅ。それでこそなまえだ」 笑ってくれる左之助に、私も自然と笑顔になる。ふと、左之助は、口を開いた。 「あと。総司がな、――。」 左之助の言葉に目を見開く。それ本当?と聞けば、左之助は口角を緩く上げたまま頷いてくれて。行ってこい、の言葉に背中を押されて私は走り出す。 トシ君に見つかったら、廊下は走るな!って怒られちゃうかも。 「総司!」 バンッと障子を開け放つと、そこには丁度刀を腰に挿し終えた総司がいた。 「なまえちゃん、そんなに廊下を走ってくると土方さんに怒られちゃうよ?」 口調も前とちっとも変わらなくて、いつも通りの彼。 それだけで、目頭が熱くなった。 「総司!」 突然抱き着いたのに、総司は揺らぐことなく私を抱き留めてくれた。本当によかった。総司が元気になってくれて、本当に。 「寂しかったの?」 「っ当たり前じゃん!」 「あははっ。なまえ、今日はやけに素直だね」 よしよし。そんな風に左之助と同じように頭を撫でてくれる総司に、ちょっとだけ泣いてしまったのは内緒。 * * 「で、何で寝ちゃうかなぁ」 一緒に縁側に出てお茶しよう!って言って来たのはなまえだったのに、その張本人は今僕の肩に頭を預けて寝ている。 「本当に君って娘は」 なまえが団子やらお茶やらを持ってきてくれて、いざ食べようって時に、僕が土方さんに呼ばれた。なまえに先に食べてて、と言ったのに、彼女は総司が帰って来るまで待ってる、と言ってくれたから急いで帰って来たのに。 帰って来た時には頭がぐわんぐわん揺れてて、時を見計らって隣に座れば、なまえの頭の定位置が僕の肩になった。 「まあ、別にいいけどね」 なまえが持ってきてくれたみたらし団子を頬張る。うん、なかなか美味しいかな。 「総司、なまえを見なかったか?」 「やあ、はじめ君。なまえなら、」 此処此処、と指さすと、はじめ君がなまえの顔を覗き込む。 「寝ていたのか」 まあ無理もない、と零したはじめ君に首を捻る。 「どうして?」 「なまえは、総司が眠っていた間、寝る間を削って看病していたからだ」 だからもう少し寝かせてやってくれ、そういってはじめ君は踵を返す。だけど、嗚呼、といって立ち止まって振り返った。 「その団子もなまえがわざわざあんたの為に買いにいっていた。あとで礼をいっておけ」 「そうなんだ。うん、そうするよ」 そのままはじめ君の背中を見送って、なまえに視線を戻す。相変わらず、安らかな寝息が聞こえてきた。 君が僕の看病をしてくれてたんだね。ありがとう。 なまえが起きたら1番にそういってあげたいな、なんて柄にもないことを思ったよ。 かえってきた日常 そんなことを思うのも、君が好きだから、かな。 (16/17) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |