「ピクルス」
彼女の大好きな某店のハンバーガーを買って帰ると、ドアノブに手をかける直前に扉が開いた。
「おっかえりー」
「なんや、超能力者みたいやな、お前は」
満面の笑みを浮かべる彼女をぎゅっと抱きしめてただいまと囁く。もぞもぞと腕の中で暴れる彼女の髪に口付けを落とすが、そんなことは御構い無しにキラキラとした笑顔で彼女は顔を上げた。
「真子!はやく食べよう!はやくはやく!」
「お、おう」
彼氏より食欲かいな。そんなとこもかわええんやけど。
ハンバーガーの袋をリビングに持って行くと、名前は空のコップに飲み物を注ぎながら鼻歌をうたっていた。テンション高いな。
「ほい、名前」
「わーい!」
高いものじゃないのにホンマに嬉しそうな顔すんな。ええ女ってのは、こういうんかもしれん。些細な幸せを喜べる能力というか。
ガサガサと紙袋からハンバーガーとナゲットとポテトを取り出して、俺の分もきちんと並べる名前。
ぱんっと手を合わせたのを見て、俺も真似る。
「いただきます!」
「いただきます」
言うが早いが、早速ハンバーガーにかぶりつく彼女。小動物みたいな頬袋やな。
もふもふと食べ進めるが、真ん中当たりでその動きが止まった。
「…………」
「どないしてん」
「…………ぴくるす」
「ピクルス?」
名前は胡瓜が大好きだった気がするんやけど。
少し首をかしげると、ケチャップを口の端につけたまま彼女はこちらを向いた。
「真子、目ぇつぶって」
おうおう、このタイミングでキスしますか、お姫様。
にやにやしてしまいそうになるものの、必死で堪えてご希望通りに目を閉じた。
ら。
「…………」
「…………」
名前の唇の感触はなく、代わりにピタッとした物が俺の口に貼りついて来た。
「…………なんや、これ」
「ピクルスですが」
「…………ムードぶち壊しやんけ」
「最初からムードなんかなかったでしょ」
「阿保か」
「ごはん中にムード感じるほうが阿保」
彼女の嫌いなピクルスを咀嚼しながら、ポテトをいじると彼女は何故か少し照れたように頬を染めた。
「…………口移し、だったんだけど」
感想は?と。
彼女には振り回されっぱなしやな、俺。
こんな一言でまた愛おしいと思っとるなんて。
「…………ピクルス、好きになったわ」
「そお?」
彼女はいつものいたずらっ子顔に戻って、ふふっと笑った。
「じゃあ、またしてあげる」
こうやって甘やかしとるから、食わず嫌いが治らないんやろな。
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