「花壇」
「名前」
同じアジトに住んでいるのに、彼女に声を掛けるのはいつも緊張する。
彼女は、小さな身体をさらに小さく背中を丸めてしていた作業を止め、振り返って俺を見つめて笑った。
「あ、真子。おはよう」
「おう」
今、声裏返ってなかっただろうか。短い返事ですら、緊張して声がブレる。
名前はそんなことに気付きもせずに、ふわりと微笑む。
「今ね、チューリップの球根植えてたの」
真子は好き?チューリップ、と。
屈託無く笑う彼女に、胸がぎゅっと締め付けられるような思いがする。
「好きや」
「そっか、良かった」
ふふっと花より可憐に微笑む彼女は、俺の精一杯の告白を勘違いすることなくスコップを握り直した。
泥だらけの手がとてつもなく愛おしく感じて、病的なまでに彼女が好きなのだと再確認するはめになった。
「拳ちゃんもチューリップ好きなんだって」
ざくっと、スコップで土をすくうように俺の心も抉られた。
先程までは見せていなかった女の顔で頬を染める彼女は、残酷に俺を打ち砕いた。
「たぶんね、拳ちゃん、チューリップ以外の花知らないだけなんだけど」
ふふっと柔らかいものを抱くように微笑む彼女を、憎らしく思ってしまう。
こんなにも愛しているのに。
お前が好きなんは、拳西なんやな。
黒い感情で彼女を汚してしまわぬように、俺はニセモノの笑顔でにっと笑った。
「そうやな」
拳西と違って、俺はもっと花の名前知ってんで。
せやから。
そろそろ俺に、振り向いて。
愛おしい天使のような彼女は、土いじりを始める。
俺に背を向けて。
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