「ふたりの距離の算段」


「なんで、それかぶってるの?」


毎日隊長室へ来てお菓子を無心する悪魔は、唐突に問うた。
彼女は、名前。死神ではない。幽霊のようなものだと、自分で言っていた。
しかし儂にはきちんと見えているし、こうしてお菓子は減っていく。鉄左衛門には見えないようだったけれど。
本当に不思議な乙女だ。


「ねえってば。聞いてる?」


そして初対面の時からずっとタメ口。もしかして昔何処かで会ったことがあるのかもと思ったが、彼女のような美しい乙女を忘れるのは困難な気がしていた。
名前はその美貌を無視するかのように、豪快に煎餅を食べている。


「私、それ取れるかもしれないけど、いい?」
「…………は?」
「だからその笠。意外と物理干渉出来るんだもん、割っちゃおうかな」


こうやってさ、と名前は煎餅をばりんと二つに割って見せた。恐ろしい。
かたかたと首を振ると、冗談だってと彼女は笑った。
そしてこちらをまっすぐ見て、ふわりと微笑む。



「私、左陣さんのこと好き」


心臓がぎゅっと締め付けられる、だが甘い刺激。これで心臓麻痺になって死んでしまっても、本望かもしれないと思わせる甘い凶器。
名前の視線はまた煎餅へ戻る。



「ぜったい、わからせてあげる」



そう呟くとまた元のお菓子の幽霊に戻る彼女。
わかっているのだ、儂は名前に惹かれていることを。
正体がわからぬ者同士なのに、何故か惹かれていることを。


「…………些末なことだ」


素顔なんて。
そう思ってしまえるくらい、名前が好きだ。
好きだ、好きだ。
言えたらどんなに楽だろう。



だけど。
言ったら彼女は消えてしまいそうで。
儂と彼女の距離は変わらずに、ずっと同じところを歩いている。





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