「彼女、屋台、恋敵」
酒は人を変える。
ごく稀に普段とはかけ離れた性格に変貌してしまう人もいるが、彼女もその一人だった。
「おら、もっと飲めよ狛村」
「…………」
「あんだよ、あたしの酒が飲めねえってのか?あ?」
「…………」
「黙ってねーで、なんとか言えよ
」
「…………スミマセン」
夜中の屋台で悪態をつくのは、紛れもない恋人の名前である。
いつもは半歩引いた位置で「左陣さん♪」なんて可愛らしく袖を引いてくるような子なのに。
先程、仕事終わりでふらついていたはずなのに。
乱雑な手酌でぐびぐびと強い酒ばかりを平らげて行く姿に漢を感じた。
店の親父ははじめこそにこやかであったが、今は姿が見えない。買い出しなのか、逃亡か。二人きりになれるならどちらでも良い。
何事かぐちぐちと述べながら注がれた酒はとうに杯を超え、儂の手と机を汚していくがそんなことはおくびにも出さずに礼を言って飲んだ。
「あんだよ、こっち見んなよ」
「スミマセン」
不機嫌そうに言いつつも、頬を染めるのはいじらしい。
彼女は酒で顔色が変わらないので、これは素直な反応なのだ。
「でさー、涅の野郎がよう」
「ああ」
苗字名前は、儂が半ば無理矢理引き抜く形で十二番隊からこの七番隊へ所属先を変えた。
ゆえに涅は儂を快く思っておらず、事あるごとに名前を呼びつけては虐めているらしい。
「涅めぇ……!」
「…………」
しかし虐めているというのは彼女の主観で、誰がどう聞いても、涅はやり方は多少荒っぽいが好意の表し方がわからずに手を焼いているようだった。
もう付き合って暫く経つのに、いやだからこそ、儂は焦りを感じていた。
名前は涅に靡いてしまうのではないか。
あるいは、他の誰かと。
儂と並ぶのが滑稽なほど、彼女は気だても容姿も良い。
時折襲う不安はそれらに由来する。
「聞いてんのか、狛村ぁ」
「あ、はいっ」
「ならばよーし」
くくくっと笑いながら膝立ちになって儂の頭を撫でた。
ボッと燃えるように顔が熱くなるが、彼女は御構い無しにまた酒を注ぐ。
「ったくよぉ、あたしは狛村左陣が好きだって言うのによぉ」
「…………」
柄にもなく、照れた。
とろんとしだした名前の瞳に見上げられて、生唾を飲み込む。
甘ったるい空気にがんじがらめにされて、彼女が儂の胸にもたれかかってきた。
「…………左陣」
ほんのり色の濃い唇がうるりと輝き、口付けをせがむように見える。
「……名前」
「ん……」
吸い寄せられるようにその唇へ口付けを落としかけて、爆発的な霊圧の上昇をビリビリと肌で感じた。
「…………何の用だ」
「それはこっちの台詞だヨ」
「いや、こっちの台詞であっているだろ……」
ふわふわと眠りについた彼女の頭上で、熱い火花が散った。
「…………」
「…………」
胸にもたれる暖かい体温を抱き締め直し、目に力を込めた。
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