推し愛で

こんにちは、大好きな世界



豪華な装飾が施された鏡には一人の女の子が映し出されている。肩までの長さのふんわりとした金色の髪、雪のように真っ白な肌、何も塗っていないのに艶があって血色の良い唇、キラキラと輝く青色の瞳。今世の私ははっきり言って美少女だ。生まれて初めて鏡を見た時、天使かと錯覚したくらいにはどちゃくそに可愛い。


「ケイト、また鏡を眺めていたのか。呆れた娘だ」
「ふふ、仕方がないわ。ケイトはこんなにも愛らしいんですもの」
「うん!わたしね、ママと一緒の金色の髪も、パパとおそろいの青いおめめも大好きなの」


五年も経てば愛くるしい幼女ムーブも完璧よ。私がそう言って微笑むと、苦い顔をしていたパパは照れ臭そうに頬を染めて咳払いをした。「パパとおそろい」という私の言葉は全然満更でもなさそうで、むしろ喜んでいることがわかる。パパったらいつも厳しそうな感じを醸し出しているけど、その実ママと私をめちゃくちゃ溺愛しているんだよね。私知ってる。ママは私とパパを交互に見てとても幸せそうに微笑んだ。

この五年間で今世の私について明らかになったことは、重要点をざっくり挙げると四つほど。まずは超ド級の美少女として生まれたってことでしょ。あと、前世では日本人だったけど今世では外国人になっていた。住んでる地名とかはまだよくわかんないけど、たぶんヨーロッパの方。両親の顔立ちとか、街並みを見た感じでなんとなくそう思っている。

三つ目は、結構なお金持ちの家の子だってこと。すんごい大きなお屋敷に住んでるし、置いている家具や装飾品なんかは私でも高価だとわかる物ばかりだったから。まあ、パパの好みでそこまで豪華絢爛なものは無いけれど。あと、使用人的な人もいる。人っていうか屋敷しもべ妖精≠チていう生き物なんだけど。

最後は、そう、妖精とか魔法とかそういうファンタジー要素が有りな世界に生まれたってこと。まだ赤ちゃんだった時、パパとママが普通に魔法使っているのを見てめっちゃ驚いたのは記憶に新しい。木の枝なんか取り出してどうするのかと思ったなぁ。ちなみに私にもちゃんと魔力はあるらしい。初めて魔法を使ったのは三歳の頃。つぼみだった花を咲かせたり、うっかり上階から落っこちた時、ふわりふわりと軟着陸して事なきを得たりした。そんな不思議な出来事に驚く私とは対照的に、パパとママは満足そうな顔をしてお互いを見合っていた。


「ケイト、今日の午後は前々から言っていた通り所用で出掛ける」
「うん。パパのおともだちのお家へ行くのよね?」
「友達……まあ、それでいい。とにかく支度をしなさい」
「ネヴァを呼んでくるわね。今日はいつも以上に可愛くしてもらわないと!」
「?はぁーい」


屋敷しもべ妖精のネヴァは、ママに呼ばれるとすぐさま姿を現した。そして「さあケイトお嬢様、お椅子におかけくださいまし」とニコニコ笑いながらブラシを構える。

それにしても、魔法が使えるファンタジーな世界の美少女ご令嬢に生まれ変わるって、マジで最近流行ってた物語みたい。魔法も将来勝ち確な自分の設定もめちゃくちゃ楽しいんだけどさ、ずっとちょっとモヤモヤした感じが拭えずにいた。モヤモヤっていうか、何か大事なことを忘れているような。喉の魚の小骨が引っ掛かったまま取れない、そんなすっきりしない感覚。いったい何を忘れてるっていうんだろう……。


「そういえば、今日会いに行くパパのおともだちって何ておなまえなの?」
「ルシウス・マルフォイだ。そこにはお前と同い年の男の子がいる。仲良くするように」
「るしうす、まるふぉい……」


***


「ぼくはドラコ・マルフォイ。きみの名前を教えてくれるかい?」
「…………!?!?」
「どうしたケイト。挨拶を」
「はっ、はい。……ケイト・ヤックスリー…です」


その子と握手した瞬間、ぶわっと記憶が甦った。

パパとママと共に訪れたそこは、うちと同じくらい……いや、たぶん、うちよりも大きくて豪華なお屋敷だった。扉を開けたのはその家の屋敷しもべ妖精で、私達はいったん玄関ホール横の応接間に通された。その部屋にも、そこへ来るまでもあちこちにゴージャスな装飾品が飾られていた。私はそんな眩しいくらいに輝く品々に見とれていたが、パパはなんだかちょっと小馬鹿にしたように笑っていた。「相変わらず派手な趣味だな」って呟いてたの聞こえたぞ。


「コーバン、よく来てくれた」
「ルシウス」
「いらっしゃい、グレース!」
「シシー!元気にしていた?」


しばらく待つとマルフォイ一家がやって来た。ママとマルフォイ夫人(ナルシッサさん、というお名前らしい。)は、両手をとりあって仲良さげにきゃっきゃと挨拶を交わす。一方のパパとルシウスさんはそこまで親しくはないのだろうか、さっと握手をしただけだった。パパとかすんごいよそ行きの微笑だし。


「シシー、この子がケイトよ。赤ちゃんの頃に会って以来かしら?」
「そうね、月日が経つのはあっという間だわ……。こんにちは、ケイト」
「こんにちは、ナルシッサさま。お会いできてこうえいです」
「ふふっ、すっかり立派なレディね」


目線を合わせるように少し屈んでくれたナルシッサさんは、そう言って嬉しそうに微笑んだ。ふと視線を感じて見上げると、ルシウスさんとばっちり目が合う。ほんの僅かに目を見開いたルシウスさんだが、すぐ私に向けて口角を上げてみせた。……たぶんだけど、よそ行きのやつだ、あれ。


「ところで、あの子は?」
「ええ、もう来ると思うわ。少し庭へ寄ると言っていたの」
「ちちうえ、ははうえ!おまたせしました」
「ドラコ」


遅れてやって来たその子は、ルシウスさんとナルシッサさんの間へと駆けてきた。パパが言ってた、私と同い年っていう男の子かな。白皙の面にプラチナブロンド、薄いグレーの瞳。なかなか可愛らしく、将来が楽しみな美少年だ。彼は私と目が合うと、ニッと笑む。その笑い方がルシウスさんとよく似てるなと思った。


「さあ、ドラコ。ご挨拶を」
「はい、ははうえ」


ずっと楽しそうにしているナルシッサさんに促され、ドラコと呼ばれたその子は私に向かって手を差し出した。私の目をじっと見つめ、今度はにこりと微笑む。


「ぼくはドラコ・マルフォイ。きみの名前を教えてくれるかい?」


ドラコね、オッケー。心の中で一足先に返事をした私は、彼の手を取って名乗ろうとした。だけど握手をした途端、頭の中にいろんな情報がどっと押し寄せてきたのだ。そのせいで自己紹介を返すのにワンテンポ遅れてしまった。


「それでは……私達は大人同士で少し話がある。二人はどこかで待っていなさい」
「ドラコ、ケイトにお庭を案内してあげたらどうかしら?」
「そうします。行こう、ケイト」
「は、はぁーい」


ナルシッサさんに促されたドラコは、一度離した手をまた取って私を庭へとエスコートする。ふと振り返ると、ママがにこにこしながら私に手を振っていて、その後ろでパパはなんとも言えない表情を浮かべていた。その対象的な様子が、なんとなく印象に残った。


「今うちの庭はいろんな種類の花が咲いていてね。ぜひ君に見せたいと思っていたんだ」
「へ、へえーそうなの。楽しみだなぁ」


私の半歩先を歩くドラコをガン見する。今の今までどうして気づかなかったんだと自分自身にキレたいくらいだ。魔法、屋敷しもべ妖精、ヤックスリー、マルフォイ。こんなにもヒントはあったのに全然わからなかっただなんて。――ここは間違いなく、前世の私が大好きだった物語の世界。


「ほらっ!どうだい?」
「わあぁ、すっごくきれい!見せてくれてありがとう、ドラコ!」


感動も感謝も、お庭だけに向けた言葉ではないけれど。小さな手をぎゅっと握り返し、とびきりの笑顔を向ける。ドラコはほんのりと頬を赤くさせて、それから満足気に微笑んだ。

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