それでも君が、

迷った日



図書室のある一角は、人もあまり来ず静かで良い場所だとアキがよく言っていた。そこに一人座り、真っ白なミニ薔薇を弄んでは独りニヤける。これはクリスマス・パーティーの時にリーマスがくれたものだ。薔薇自体に魔法が掛けられていたらしく、数週間が経った今でも変わらず美しく咲いたまま。


「(楽しかった、な……)」


あの日のことを思い出すと、自然と顔がにやけるのは仕方が無い。きっと前世も含めて、人生で一番幸せなクリスマスだったんじゃないかと思う。まさかのリーマスと一緒にダンスパーティーへ行けるなんて。ローレルに悪いという気持ちは、あまりにも幸せなパーティーの最中にどこかへ飛んで行ってしまった。

パーティー以来、リーマスとの距離が縮まったように思う。あ、いや、あくまであたしはそう思うってこと。授業でペアを組む回数や隣にいる時間が増えたってだけの話なんだけど。


「……さて、課題やるか」


そろそろ薔薇を眺めるのを止めて鞄に手を伸ばす。しかし、鞄の中から天文学の教科書を見つけて手を止めた。最近リーマスの体調が悪くなっている。また満月の日が近づいているのだ。幸せな回想から一転、あたしとリーマスの間にある決定的な壁を思い出してしまった。

リーマスが人狼でも気にしない、って言ってしまいたい。でも無理だな。そもそもあたしやアキはまだ、リーマスが人狼だと知らないことになっているわけだし。それに、あたしがいくら気にしないと言っても、リーマスの気持ちが定まらなきゃ意味がない。


「……待つしかないなあ……」


はあ、と小さく溜息を吐く。すると、足音が一つこちらへ向かっているのが聞こえた。ふと顔を上げてみると、


「あれ、セブか」
「ああ」


本棚の陰から姿を見せたのは、相変わらず難しい顔をしたセブルス。(これでも和らいだ表情を見せるようになったんだが。)セブルスは他に生徒がいないか周りを見回しながら、あたしの隣にやって来た。


「なんか久しぶりだな」
「そうか?」
「そうだよ。クリスマス・パーティーでも会えなかったし。リリーも気にしてたぞ?」
「……僕がいたら良い気をしない連中がいるだろう」


ふい、とそっぽを向いたセブルスにあたしは「ああ……」と苦笑するしかなかった。まあ、あの時はリリーと組めてすっかり舞い上がったジェームズが、騎士よろしくリリーにべったりだったからなあ。でも、あたしも会いたかったのに。そう言うとセブルスはこちらに向き直り、あたしをじっと見据えた。


「なに?」
「……レン、君は読書は好きか?」
「なんだ急に?アキ程じゃないが、嫌いじゃないぞ」
「ちょっとここで待っててくれ」
「?」


そう言い残して本棚の方へ消えて行ったセブルスは、しばらくすると何冊かの本を抱えて戻って来た。それを未だにセブルスの行動に首を傾げているあたしの前に置いた。


「これを読んでくれ」
「なに?セブルスのお勧めか?」
「ああ」
「でも本ならアキの方が……」
「レンが、読んでくれ」
「わ、わかった」


きっぱりとしたセブルスの言い方に押されて頷く。それを確認すると、セブルスは何か言いたげな表情であたしをまた見据えたが、「それじゃあ」とだけ言って去って行った。


「なんだ……?」


あのセブルスの様子は。なんだってまた、あたしに本を勧めるのだろう。アキの方が話も合って盛り上がると思うんだが。……はっ!もしかして、お前はこれでも読んで勉強し直せバーカとか言いたいんじゃ……!?いや、セブルスはそんなこと言わないな、うん。


「、あれ?」


何の本だろうと思い、背表紙を確認する。そこで気付いたが、パッと見た感じセブルスの得意とする魔法薬学に関する本ではないようだ。てっきりセブルスが勧める本は魔法薬学関連かと思ったが……。


「お勧めじゃなかったのか……?」


上から順番に背表紙のタイトルを確認する。……魔法生物に関する本が多いな。そして、ちょうど真ん中に置かれた本のサブタイトルに、『人狼』という文字を見つけた。


***


「この頃随分とご機嫌じゃないかい?ムーニー」
「そうかな?」
「そうさ!あのクリスマスパーティー以来ね。もっとも、それは君だけじゃないようだけど」
「君もなんだろう?プロングス」
「当然だよ!」


「なんたってリリーと踊れたんだからね!」と、心底嬉しそうに話し始めたジェームズに微笑みながら、僕は考える。ご機嫌だなんて言われるのはこれで何人目だろう。クリスマス以降の幸せな気持ちは、どうやら周囲にも丸わかりのようだ。

だけど、この気持ちを持ち続けているのは難しそうだ。だって、今月も刻々とあの憂鬱な日が近づいているのだから。


「……ねえ、ジェームズ」
「なんだい?」
「……やっぱりいいや。僕ちょっと図書室に行ってくるね」
「……?わかった。また後で」
「うん」


僕は迷っていた。何をって、僕が人狼だとレン達に話すか話さないかってことについてだ。クリスマス以降、僕とレンの距離はすごく縮まった気がする。この距離が、彼女に早く打ち明けたくさせるのだろうか。そもそも僕にとってこの件は絶対に知られたくないことのはずだったのに。どうしてもレンには知っていて欲しいと思う自分がいる。彼女に黙っていることが辛いんだ。だけど……話す内容が内容なだけに、なかなか言い出せない。


「あれ?」


廊下を通っていると、図書室の奥の方かな?窓が開いていて中の様子が見えた。そこによく知る人物を見つけ、思わず口元が緩む。レンだ。レンは何冊か本を積み上げて、一人で読書していた。随分と集中しているようだ。眉を微かに寄せて難しい顔をしている。これ、僕が最近見つけたレンの癖。


「レン――…」


窓に寄り声を掛けようとして、やめた。見つけてしまったんだ。レンが読んでいる本の背表紙に『人狼』って文字があることを。幸いレンは僕に気付いていない。くるりと方向転換して、足早に元来た道を戻った。


***


読んでいた本を閉じて息を吐く。気付けば日が傾きかけていた。どんだけ熱中してたんだ、あたし。少し疲れた目を軽くマッサージしながら、傍らに積み重ねた本に目をやる。セブルスに勧められた本はもう半分以上読み切ってしまった。


「……どーいうつもりで渡したんだか」


ちょうど先程読み終えた本をパラパラと捲る。今まで読んだ本すべてに“人狼”についての項目があり、人狼がどういうものかという知識はもうばっちり得た。たぶんセブルスの目的はそれだろう。で、この“人狼”と“彼”を結び付けてみろ……ってことか?


「(セブルスって、もうリーマスが人狼って知ってるんだっけ)」


ジェームズ達がアニメ―ガスになれるようになったのは五年生の時。つまり今。そんで、シリウスがふざけてセブルスを叫びの屋敷へ行かせたのもその頃、だったか?あんまり細かく覚えていない。アキに聞けば分かるだろうか。

まあとにかく、あたしの記憶が間違ってないとするとセブルスはもう知ってんだろうな。そんで当然あたしやアキが知ってるとは思ってもないだろう。じゃ、セブルスがあたしにこの本を貸したのは、気付かせるためで間違いないかな?セブルスなりにあたしを気遣ってでもいるのだろうか。気にかけてくれているのなら、それはそれで嬉しいけれど。


「(これ読んでなおリーマスの傍にいたらセブルスはどう思うだろうな)」


これと“彼”との関係にも気づかない鈍い女とでも思うかな。ふ、と薄く笑みを浮かべる。そして、深い溜め息を吐いた。

満月の前日に談話室でリーマスやジェームズ達と会ったのは一度だけじゃない。リーマスはどこかへ行くのかという問いへの答えは、毎回変わった。不自然じゃない程度にね。それでも深く追求はしてこなかった。けど、そろそろリーマス達もあたしらが不審がっていると思ってんじゃないかな。


「(……言っちゃう、か?)」


思い切って毎月一度、必ずどこかへ行く理由について聞いてみようか。また大きな溜息がでた。取り敢えずまずすることは……あれだな。この読んでない残りの本と、他にももう少し探して借りて行こう。


***


――またこの日が近づいた。今から、いつものように一足先に暴れ柳の入り口から叫びの屋敷に行く予定。そして、そこで動物もどきになったジェームズとシリウスとピーターを待つんだ。今日はレンとアキに会わなかった。日に日に苦しくなってくる言い訳をせずに済んでホッとする反面、不安な気持ちが広がる。

数日前、レンは魔法生物関連の本を読んでいた。人狼についてもしっかり書かれていると思う。きっと彼女なら、本の知識と僕の行動を結び付けられたんじゃないかな……。本当のところはわからないけれど。


「どうした?ムーニー」
「いや……なんでもないよ」
「そうか……?」
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」


マダム・ポンプリーの待つ医務室へ向かう。その途中も、叫びの屋敷に行くまでもいつもよりあっという間だった。そして、満月が見えるまで、僕はずっとレンのことを考えていた。


迷った日


彼女があの本から何に気付いて何と思ったか。
それがなにより怖かった。


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