それでも君が、

からかわれた日



「あっ、ピーターだぁ」
「や、やあ。アキ、レン」


ある休日談話室の隅で一人課題をやっていると、女子寮から降りて来たアキとレンが声を掛けてきた。僕の周りに散らばっている羊皮紙や教科書に目を遣り、レンは「あいつらは?」と尋ねた。ジェームズとシリウスとリーマスのことを言っているのは間違いない。


「みんなはどこかへ行ったよ。昨日計画してた悪戯をしに行ったんじゃないかな」
「ピーター一人置いて?」
「ち、違うよ!僕のせいで遅くなったら悪いから、行って貰ったんだ」


ちょっと怒ったように片眉を上げたレンに慌てて説明を付け足した。すると、「そうか」と頷いたかと思うと、一度女子寮に戻り鞄を持ってここに戻って来た。


「どしたのぉ?」
「その課題忘れてた。あたしも一緒にやっていいか?ピーター」
「もちろんだよ!」
「アキはどうする?」
「んー、ウチはいいや。図書室行くしぃ」


「また後でねぇ」と僕らに手を振り談話室を出るアキを見送る。レンは僕の隣に腰を降ろし、深い溜め息を吐いた。


「やるかあーー…」
「ふ、二人でやったら直ぐに終わるよ。頑張ろう?」
「そだな」


どう見てもやりたくなさそうに薄く笑みを浮かべるレンに、思わず笑ってしまった。


***


「――で、これはこうなるんじゃないか?」
「あっ、そ、そうか!」
「なんとか終わったなー」


課題は本当に早く終わった。僕一人でやってた時よりもずっと捗ったから、きっとレンのお陰だ。レンの解説はとてもわかりやすかったし。凄いなあ……。そう思いながら肩をぐるぐる回しているレンを見ていると、目が合った。


「どうした?」
「う、ううん。……レンはすごいなあと思って。授業の理解も早いし……」
「ああ。実はな、これポイントはジェームズに教えて貰っていたんだ」
「そうなんだ」


それをあとは自分で纏めただけだとレンは笑う。僕はそれでもすごいと思うけどな……。


「あいつは本当賢いよなー」
「うん……。僕、尊敬するよ」
「でも、同じくらい腹立たしく思うよな」
「う……!?えっ、ええと……」
「冗談だ」


反応に困った僕の肩を軽く叩きながら、レンはくつくつと楽しそうに笑った。その様子は、女の子にこう言うのも変かもしれないけれど……かっこいい。

僕やジェームズ、シリウス、リーマスの四人は男子寮の部屋でもよくレンとアキを話題に出していた。みんなも彼女達が周りの女の子達と何か違うってことは思っているみたい。特にシリウスは、アキもレンも他の子みたくシリウスに落ちないな、とか言ってジェームズによくからかわれている。僕はというと、レンとアキはとても不思議な子で(編入の理由はまだはっきりと聞いていないし。)、ジェームズ達に一目置かれていてすごい、という印象を抱いていた。


「な、ピーターはいつからあの三人とつるむ様になったんだ?」
「え?ええと……いつの間にか……かな…?」


唐突な質問に一瞬口籠った。そうして思い出しながらレンに答えていった。僕とジェームズ達が仲良くなったのは……正確には覚えていない。だけど、入学当初から勉強のできたジェームズと、反対に全く駄目だった僕が授業でペアを組まされたのがきっかけだったと思う。ジェームズとシリウスは行きの汽車の中ですでに仲良くなっていたみたいだし。そこに僕とリーマスが加わって、悪戯をしたり行動を共にするようになった。自分でも、あの人気者で目立つジェームズとシリウスの仲間にして貰えたことに驚きだ。

そんな話を、レンは相槌を打ちながら聞いていた。


「へえ〜。けど、あいつら先生に怒られることも多いだろ?巻き込まれたりもするんじゃないか?」
「うん、そういう事もよくあるけど……。でも僕は、四人で何かするのが楽しくて好きなんだ」
「へえ……」


一緒に先生に怒られるのでさえ、楽しい。それに例えば僕がへまをして一人捕まってしまったりしても、ジェームズ達はいつも助けに来てくれる。その時の話を、レンはうんうんと頷きながら聞いてくれた。


「じゃあさ、その逆の場合は?」
「逆?」
「ジェームズ達の危機の時。ピーターは駆けつける?」


また唐突な質問だった。あの三人がそんな状況に陥るとは思わないけど……。レンが「例えばの話」と強調するので、そんな“もしも”を想像してみる。例えば、ジェームズかシリウスかリーマスが危機的状況になった時――…僕は素直に思ったことを答えた。


「も、もちろん。助けに行くよ……?」
「本当に?」
「レン……?」
「本当にそう言えるか?もしも、あいつらより手強い奴が現れたりしても、三人を裏切らず助けに行くって自信を持って言えるか?」


先程までとは打って変わり、真剣な表情で僕に詰め寄るレンに少し戸惑う。例えばの話のはずなのに、何だか引っかかる言い方だ。当惑すると同時にちょっとだけムッとした。頭も良くて勇気もあるジェームズ達は、そんな状況でもきっと友達を助けるって即答するだろう。でも、お前は?と言われているようで……。


「ど、どうしてそんな意地悪なこと言うんだい?僕だって……僕だって友達を助けに行くよ!!」


思わず声を荒げてしまった。今、談話室に他に人がいなくて本当に良かったと思う。レンはしばらく僕を見据えた後、ふっといつものような笑顔に戻った。


「悪い悪い。ちょっとからかっただけだ」
「からかった……?」
「ごめんな。……さて、あたし達もジェームズ達んとこ行くか?アキとも合流して」
「う、うん。そうだね」


いったん男子寮の部屋に戻って教科書やペン類を置きに行く。談話室に戻ると、レンはもう僕を待っていた。


「まずは図書室に行く?」
「そうだな。アキを呼びに行かないと」
「ジェームズ達はどこにいるのかな……」
「さあー。適当に歩いてりゃどっかに居るだろ」


「行くか」と呼びかけるレンは、笑っているけどどこか哀し気な……なんとも言えない表情をしていた。


からかわれた日
(その表情の理由がわかる日は)
(いつか来るのだろうか)



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