ジギタリスの憂鬱

私の秘密



マルフォイと一緒にホグズミードへ行くという約束だが、年が明けてなかなか勉強会ができなかったものの時々密かに梟便を送りあっていた。だから待ち合わせの時間や場所はばっちりだ。でも向こうでどう過ごすのかは全く話していない。これは……そろそろ覚悟を決めるべきなのかな、マルフォイと2人でいるところを知り合いに見られても気にしないって。悩みながらも断るという選択肢はいつの間にか私の中からなくなっていて、マルフォイの手紙にオーケーの返事を出していった。そして、いよいよホグズミードへお出掛けの日――


「うー…」
「無理だよカエデ。今日は諦めなって」
「そうよ。あなた自分がどれだけフラフラなのかわかってる?」


なんとも運の悪いことに私は自室のベッドでダウンしていた。前日から顔が赤かったらしく、テリー達にからかわれていたんだけど……今朝になって高熱が出ていたことがわかった。朝起きた途端リサもパドマも私を見てびっくりしてたなぁ。自分で思っているより酷いみたいだ。それでも約束があるから着替えようとしたんだけど、2人にベッドに押し戻されてしまったのだ。


「ちゃんと寝てなさい。マダム・ポンフリーを呼んでくるから」
「……じゃあ、手紙だけでも。行けないって、連絡、しなくちゃ」
「本当に今日楽しみにしてたんだねえ……」
「!別に楽しみにしてなんか……!……ぅあ」
「大声出すと身体に障るわよ」


今日誰と行くかは秘密と言ったらみんなしつこくは詮索してこなかったけど、相手が男の子ってことは勘づかれていたみたいだ。……まあ、それで昨日も顔が赤いのをからかわれていたわけだけど。さすがにマルフォイとだなんて言えないから伝言を頼むわけにはいかないので、急いで短い手紙を書く。何かを察したのかキルケが梟小屋を出て窓の外まで来てくれていた。ほんといい子だこの子。


「あたし達ほんとに出掛けて大丈夫なの?ひとりじゃ心細くない?」
「平気へいき〜。薬飲んで寝てるから、私に構わずふたりは遊んできて……」
「それじゃあ行くけど……談話室には人いるから、何かあったら下に行くのよ?」
「はぁーい」


リサとパドマは看病するよと言ってくれたけど、私のためにせっかくのお出掛けを潰すのは申し訳ないから2人にはホグズミードへ行ってもらうことにした。さっき様子を見に来たマダム・ポンフリーも、ただの風邪だから大丈夫と言ってたし、薬飲んで寝たらすぐに治るよ。


「ゆっくり休むのよ、カエデ」
「なるべく早く帰るからね?」
「いってらっしゃ〜い」


ベッドに身を沈めたまま心配そうな2人を見送る。パタンとドアが閉まると、窓やドアの向こうから賑やかな声が聞こえるくらいで室内はすっかり静かになった。マルフォイにちゃんと手紙届いたかな……。いや、キルケのことだから他のスリザリン生に見られないよう上手くマルフォイに届けてくれていることだろう。


「……行きたかったなあ、今日。マルフォイと一緒に……あ!?」


熱でぼんやりしながら呟いた言葉に自分でびっくりする。な、なに言っているの私!?他に誰もいないのはわかってるけど、否定するように頭をぶんぶん横に振る。そしたら頭がぐわんぐわんと痛みはじめてしまった。……なにやってんの、私。


「水飲んで落ち着こ……」


水分はしっかりとってなさいと、パドマが水差しをサイドテーブルに置いていってくれた。コップに半分くらい注いで一口飲む。熱で火照った身体にちょうどいい冷たさだ。全部飲み干してしまい、またベッドに寝直す。天蓋をぼんやり見つめながら、リサが出掛け前に言っていた言葉を思い出した。「本当に今日楽しみにしてたんだねえ……」


「……楽しみだったよー…もー…。なんで今日風邪ひくの……!」


溜め息と同時にそう吐き出す。もう認めてしまえ。今日、マルフォイと2人でホグズミード行くの、すっごく楽しみにしてたって。もっと本音を言ってしまえば、誘われた時も本当はとても嬉しかったんだ。私の中ではマルフォイって、純血主義でマグル生まれを馬鹿にする嫌な奴だった。今もそうだけどっ。でも、ドラコ・マルフォイというひとりの人間に対する印象は、初対面の時と今では変わってしまっている。


「(ちゃんと優しいところもあるってわかったし……)」


そう思うようになったのは、やっぱり一緒に勉強するようになってからかな。いや、よくよく考えてみれば、去年私のネックレスを返してくれた時から、もしかしてマルフォイは良い奴なのか?ってちらっと思い始めるようになっていた。

マルフォイがどうして私にこうも絡んでくるのかは未だにわからない。でも、魔法薬学を丁寧に教えてくれたり、マグルの両親の話をしても普通に聞いてくれたり、日本の話にもちょっと興味を持っているようだったり……。その時のことを思い出して思わずふっと笑みが漏れた。やっぱりよくわかんないや、あいつ。


「ふぁ……寝よ……」


薬が効いてきたのか睡魔が襲ってきた。マルフォイは今日誰と行ったんだろ、私の手紙見てどんな顔したかな……。ぐっすり眠りに着くまで、考えるのはあいつのことだった。


***


「カエデ、具合は良くなった?」
「ペネロピー!うん、もうすっかり」


マダム・ポンフリー特製の薬を飲んでぐっすり眠ったからか、風邪は土曜日の内に治ってしまった。今日は念のため安静にしている。授業を休む必要はなさそうで良かったな。パドマとリサがそれぞれ用事でどこかへ行ってしまったので私は魔法史の教科書を読んで暇を潰していた。そしたらドアがノックされ、ペネロピーが顔を覗かす。「お見舞いよ」とフルーツをいくつか持って来てくれていた。


「――でも残念ね。せっかくのホグズミード行きが潰れてしまって」
「ほんとだよ。あーあ……行きたかったなぁ」
「……デートの約束もあったし?」


切ってくれたフルーツを一緒に食べながら他愛ないお喋りをしていると、話題は昨日のことに移った。「デート」という単語にドキッとする。いやでも、ペネロピーもまさか私の相手がマルフォイだろうとは夢にも思わないだろうし、ここは他のどこかの誰かさんが相手だったって体で誤魔化して……。


「ね、カエデ。正直に言って?」
「な、なに?」
「昨日はマルフォイに誘われてたの?」
「……!?」


ペネロピーは一度ドアに目を遣った後、私の手を握って少し小さめの声でそう聞いてきた。なっ、なんでバレて……!?びっくりしすぎて咄嗟に否定するどころか、何も言うこともできなかった。だけどペネロピーは私の様子を見て察したようで、「そうなのね」と苦笑しながら言った。


「ど、どうして知って……!?」
「実はね私、あなた達が今学期になってから一緒に勉強してるところをよく見かけてたの」
「うそ!?」


ゆ、油断してた!奥のあの隅の方までは滅多に人が来ないからてっきり大丈夫だと……!ペネロピーは「誰にも言ってないから大丈夫よ」と言って私を安心させようとする。でも、私とドラコが並んで座ってるのを見られたらまずい相手って、スリザリン生だけじゃない、よね?だけどペネロピーは優しい顔で微笑んでいた。


「初めはカエデがまたマルフォイにちょっかい出されて困ってると思ってたの。でも、違う……のよね?」
「う……えっと、」
「カエデ、あなたは私とパーシーのことを黙っていてくれたでしょう?私もあなた達のことを周りに言わないって約束するわ。だから、あなたさえ良ければ、話してくれないかしら」


「誰にも相談できないって辛いと思うわ」ペネロピーはそう言って小首を傾げた。彼女のことは信頼している。入学以来よく気にかけてくれるし、あの時も私の相談に乗るって言ってくれてた。パドマ達にはとても打ち明けられないし……。バレてしまったのなら、いっそ。

ということで、思い切ってペネロピーに全部話すことにした。マルフォイと勉強の教え合いをするようになった経緯、ホグズミードに誘われたこと、マルフォイの印象が変わってきたこと、そして昨日行けなくて自分でもびっくりなくらい残念がっていたこと……。話し終えるとペネロピーは、ふふっと笑った。


「どうしたの?」
「嬉しいのよ。カエデが恋愛相談をしてくれるだなんて」
「れっ……!?」
「あら?」
「ちっ、違うよそれは!確かに嫌な奴って印象は変わったし昨日はがっかりしたけど、好きとか、そんなんじゃ……!だって私は1年生の時からずっとセドリックに片想いしてて……って!あああ今の聞かなかったことにしてっ!!」
「落ち着いて、カエデ。風邪がぶり返したくらい顔が真っ赤よ」


ペネロピーは笑いながら私の頭を優しく撫でた。……そういえば、セドリックとマルフォイにも頭を撫でられたことがあったっけ。その時どっちにされた方が嬉しかったか……なんて、考えていると頭痛がしてきた。


「頭いた……」
「まあ大変。まだ全快はしていないんだし、休んでなさいな」
「……そうする」
「元気になったらじっくり考えてみるといいわ。もちろん相談には乗るから」


「ね?」とウインク交じりに言うペネロピー。私はというと、これ以上考えていると頭がショートしそうだったので、今日も引き続き大人しくしていることにした。


- ナノ -