ジギタリスの憂鬱

休暇明け




1月に入り休暇が終わるので学校へ戻った。冬のホグワーツは雪が積もってとても幻想的だけど、それよりなにより寒い。城へ行く馬車を待ちながら、白い息を吐いてマフラーをしっかりと巻き付けた。それから持っていた鞄にそっと触れる。この中には真新しい羽ペンが入っている。リサやパドマが見たら、私が自分用に買った物だと思うだろう。だけど本当は……。


「カエデ?ぼーっとしてたら置いてくぞ」
「あっ、待って!」


顔に熱が集まるのを感じ、それを振り払うように頭を振る。そしてテリー達の待つ方へと急いだ。

城の入り口は帰ってきた生徒達でごった返していた。階段を上がる人の波も一向に減らないし、これは寮へ戻るまですっごく時間かかりそう……。小さく息をついていると誰かに腕を引かれそのまま階段下まで連れて行かれた。


「マ、マルフォイ?」
「ああ。久しぶりだな」
「う、うん、久しぶり……」


マルフォイはそう言いながら誰か人が来ないか辺りを慎重に窺った。新学期早々にどうしたのと聞くとマルフォイは振り返った。


「例の勉強会のことだが、しばらく行けそうにないからそれを伝えに来た」
「そ……っか、何か用でもあるの?」
「クィディッチの練習だ」


マルフォイの返答でやっと思い出した。そうだ、学期始まってすぐにレイブンクロー対スリザリン戦があるんだっけ。マルフォイはシーカーだもんね。どの寮も試合が近付くと頻繁に練習しているから忙しくなるんだろう。


「わかった。わざわざありがと」
「ああ。それじゃあ」
「あっ、ちょっと待って!」


用件を言い終えるとマルフォイはすぐに戻ろうとしたので慌てて引き止めた。今度はマルフォイの方から「どうした」と聞かれる。私のはまた顔が赤くなってくるのを感じた。何度か口をぱくぱくさせた後、無意識の内にまた鞄に触れる。


「えっと……羽ペン、ありがとう。クリスマスの」
「ああ……あれか。初めは送り返されたのかと思ったぞ」
「こっちのセリフだよっ。まさか同じ物買ってたなんて思いも……」


そこまで言いかけて、更に顔が熱くなるのを感じて俯いた。うぅ……どうしてマルフォイ相手にこんなにドキドキするの。だけど、「僕の方こそ、ありがとう」との声が聞こえてバッと顔を上げた。マルフォイもどこか気恥ずかしそうな顔をしている。


「そっちの用件は終わりか?僕はもう戻るぞ」
「うん……あっ、あと!練習頑張ってね」
「……いいのか?敵チームを応援なんかして」
「あっ」


そうだった。次のスリザリンの対戦相手はレイブンクロー、私の寮じゃない。うっかりしてたよ……ごめん、チョウ、ロジャー。顔見知りの2人に心の中で謝っているとマルフォイはくっくっと笑い、「じゃあな」と言って今度こそ人混みの中に戻って行った。

クィディッチの試合はスリザリンが僅差で勝利した。自分の寮のチームが負けてがっかりな筈なんだけど……試合後チームメイト達と喜び合うマルフォイを見ると、なぜだか嬉しくなってしまう自分が不思議だった。次の試合はレイブンクロー対グリフィンドールだ。だけどスリザリンは最後の対グリフィンドール戦に向けて一番燃えているようで、しばらくは練習時間も先学期より増え、反対に私達の勉強会の回数は少し減ってしまった。……それでも来れる時はちゃんと来て教えてくれるんだけど。


「(別に、無理しなくていいのに)」


変なマルフォイ。……そう思いながらも、嬉しく思ってしまうのはどうしてなんだろう。


「……あれっ、おーいハーマイオニー、ジニー!」
「カエデ……!」


1人だし久しぶりに中庭へ出て勉強しようかなと廊下を歩いていると、早歩きで向こうの通路を渡るハーマイオニーを見つけた。呼びかけながら急いで駆け寄る。手を振ってくるジニーの隣で、ハーマイオニーは私に気づくと泣きそうな顔をして走って来て、私の腕に飛び込んできた。


「どっ、どうしたのハーマイオニー?」
「……っ、なんでも、ないわ」
「なんでもないようには見えないよ。私でよかったら話聞くよ?友達じゃない」


ハーマイオニーはしばらく私をぎゅっと抱き締めてから体を放した。……一目見て疲れきっていることがわかる顔をしているし、肩に下げた鞄は口が閉まらないくらいたくさん本が詰められている。その様子が心配になって頭を撫でながらそう言うと、ハーマイオニーは目に涙を溜めて捲くし立てた。


「――っ、それでっ、何もかも私のせいだって言いたいのよあの人達は!スキャバーズも、箒も!あんな人達にルーピン先生の秘密のことなんて絶対相談してやらないんだから……!」
「ルーピン先生の秘密……?」


いまいち全ては把握しきれなかったが、口の大半はハリーとロンのことだった。最近一緒にいるところをあまり見ないと思ったら……喧嘩でもしたのかな。そして“ルーピン先生の秘密”という言葉が引っ掛かって思わず尋ねると、ハーマイオニーはハッと口を噤んだ。


「ハーマイオニー?」
「……カエデ。前に、ルーピン先生の代理でスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の授業をしたことあったでしょう?」
「そう言えば一度あったね」
「その時、レイブンクローのクラスでも人狼についてやった?」
「人狼……?ううん、普通に前回の復習と続きだったよ」


11月頃だったかな、ルーピン先生が体調不良だからって代わりにスネイプ先生が来たことがあった。その時のことを思い出すが“人狼”なんて言葉聞いた覚えはない。そう答えるとハーマイオニーは「……そう」と言ってゆっくりと私から離れた。泣きはらした目は赤くなっている。


「これ、ハンカチ使って?」
「ありがとう……。ごめんなさい、私ハグリッドと約束があるから……」


ハーマイオニーはハンカチで目元を拭い、鞄を掛け直すとそのまま行ってしまった。後ろ姿が小さくなるまで見送ってからちらりと隣に視線を遣ると、ジニーは肩をすくませた。


「ハーマイオニー、なにかあったの?」
「勉強が大変みたい。最近じゃ上級生よりもたくさんの宿題に追われてるのよ。あとは……ロンとハリーと喧嘩したらしくって」
「……やっぱり」
「この間スキャバーズ――ロンのネズミがいなくなっちゃったんだけど、ロンがハーマイオニーの猫が食べちゃったんだって責めたの」
「ハリーとは?」
「えっと、確かハリーがすっごく良い箒を貰ったけど、ハーマイオニー伝手にマクゴナガル先生知られて取り上げられたとかって」
「取り上げられた?どうして」


それ以上はジニーも詳しく知らないらしく、ただ首を傾げるだけだった。とにかくハーマイオニーがとっても大変なんだってことはわかった。ずっと不思議だった、同じ時間のはずの授業も全て解禁だってことも何か関係してるのかな。ハーマイオニーって頑張り屋さんだけど無理するところあるから……。ただでさえ勉強で手いっぱいなところロン達と喧嘩して相当参っているのだろう。なにか力になれたらいいんだけど……。


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