ジギタリスの憂鬱

再会



私やっぱりホグワーツの図書室が一番好きかも。入り口で図書室を見渡し、城を見て以来初の感嘆の溜め息が漏れた。

初めてここを訪れた時は本当に感動した。もしかするとその時の私は感動のあまり震えていたかもしれない。ホグワーツの図書室の蔵書はダイアゴン横丁のフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店の何千倍はおそらくあるだろう。この本の多さも構造も雰囲気も、なにもかも素敵すぎる……!身悶える私はかなり不審だったのか、訝しげな顔をした司書のマダム・ピンスに声をかけられてしまった。だけどこの図書室に感動したことを素直に打ち明け、本と読書が大好きなのだと語るとたちまち態度が好意的になった。どうやら気に入られたらしい。後日、図書室で小声でマダム・ピンスとお喋りしているところをパドマとアンソニーに見られたのだけど、その時ものすごく変なものを見るかのような目を向けられた。


「マダム・ピンス、こんにちはっ」
「こんにちは、カエデ。今日も課題をしに?」
「いいえ。余裕ができてきたので読書しに来ました」
「そうですか。ゆっくりして行ってくださいね」


カウンターに借りる本を持ってきたハッフルパフ生が私達の会話を見て目を丸くさせている。アンソニーに聞いたんだけど、マダム・ピンスはかなり気難しい人で有名で、にこやかに話をするなんて私相手以外では誰も見たことがないそうだ。ましてや名前で呼ぶ相手なんて今まで皆無。へえ、と薄い反応を示す私の隣で「やっぱり変わってんな」と笑うマイケルの手はとりあえずつねっておいた。

さて、それより何の本を読もう?……やっぱり歴史関連かな。ハーマイオニーが勧めてくれた『ホグワーツの歴史』を読んでみようか。少し大雑把ではあるがここの図書室の本もジャンル毎に整理されているので、歴史コーナーの本棚へ行き、お目当ての本を探す。


「またなんでこんな上の方に……!」


分厚めの『ホグワーツの歴史』はすぐに見つかった。問題は場所。私の頭より高い棚に置いてある。ちょっと背伸びしたら届くよね!と、爪先立ちになり目いっぱい手を伸ばしてなんとか取ろうとした。


「はい、これかな?」
「!」


そしたら、いつぞやの時のように、隣に現れた人がその本を取って差し出してくれた。ドキドキしながら受け取って、顔をあげる。思った通り、書店で本を取ってくれたあの人だった。


「久しぶりだね、カエデ」
「あ、あああ、あのあのっ」
「ああ、あの時は確か名前言ってなかったよね。ハッフルパフのセドリック・ディゴリーだよ。改めてよろしく」
「っ!あの時はありがとうございました!カエデ・サクラです、こちらこそよろしくです!」


ほぼ90度にお辞儀しながら言った声は思ったより大きかったらしく、セドリックはおかしそうに笑いながら「シーっ」と唇に指を当てた。そうだった、ここは図書室だ。マダム・ピンスに怒られちゃう。心を落ち着けようと深呼吸を一つ。


「あの、書店でも今も本を取ってくれてありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。あの時の本は役に立ったかな?」
「はい!すごく面白くてもう何度も読み返しちゃいました」
「それは良かった」


にこりと微笑むセドリックは、私が持っている本をちらりと見てその本のタイトルを呟いた。


「カエデは歴史が好きなのかい?」
「はい。だから魔法史の授業も大好きなんですけど、みんなに変だって言われちゃって……」
「ああ、ビンズ先生の授業は確かに退屈かな。魔法史そのものは興味深いと僕も思うけどね」


肩を竦めるセドリックの笑顔に見惚れる。それから、初めて私の意見に同意してくれる人がいたこと、更にそれがセドリックだということにすごく嬉しくなった。すると、セドリックは突然思い出したような声をあげる。


「もう行かないと。これからクィディッチのメンバーとミーティングなんだ」
「クィディッチ?」
「知らない?魔法界のスポーツだよ。ホグワーツでも毎年11月から試合が始まるんだ」
「へえ!」
「それじゃあ、またね」


片手をあげて去っていくセドリックに胸の奥できゅんと音が鳴ったような気がした。ああ、緊張したぁ。相変わらずかっこいいし優しい人だ。それにしても高い位置にある本を取ってもらうなんて、改めて考えると少女漫画みたいな展開だ。……ちょっと古い少女漫画の、だけど。しかもセドリックは見た目も性格もそんな少女漫画のヒーローみたいな人だし……。にやける口元を隠すように持っている本で覆った。

そういえば、セドリックが言ってたクィディッチっていうスポーツも気になるな。その本も探してみようっと。スポーツのコーナーへ行ってみようとくるりと振り返ると、ちょうど後ろにいた人とぶつかってしまった。


「わっ!ごめんなさ……あ、」
「気をつけろ。君は周囲に気を配ることもできないのか?」
「……それは失礼しました、マルフォイくん」


ぶつかったのは最悪なことにあのドラコ・マルフォイだった。顔を歪め、当てつけがましくローブを払う。だから私も思い切り刺々しく聞こえるような言い方で謝ってやった。だけど悔しいことにあまり効果はない模様。それどころかマルフォイは、私が持っている本を見ると鼻で笑った。


「そんな本を読む奴があの頭でっかちなグレンジャー以外にいたとはねえ。マグル生まれは大変だな?」
「ハーマイオニーを頭でっかちだなんて呼ばないで。それに、何を読もうが私達の勝手でしょ」


フン、と人を小馬鹿にしたように笑うマルフォイに、もうこれ以上何か言うのは止めてさっさと離れることにした。もう、相変わらずムカつく奴だ。

あいつの噂はホグワーツは入学してからちらちら聞いている。マルフォイ家は純血の魔法族の中でも名家に当たるそうだ。あの偉そうな態度もそれで納得。別に名家の人みんながあんな感じなんだとまでは言わないけどさ。マルフォイは、偉そうだしマグル生まれってだけであんな風に差別してくるし、本当に最低な奴。せっかくセドリックと会えて浮かれていた気持ちが台無しだ。

ハーマイオニーに愚痴らせてもらおうかな。もちろんマルフォイが言ってた悪口のことは黙ってるけど。

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