ジギタリスの憂鬱

2年目



「ねえドラコ、これ見て?」
「なんだ?それは」


二年生になったある日、寮の談話室へ戻ってきたパンジーは僕の姿を見つけるなり、くすくす笑いながらある物を見せてきた。それは白い小振りの花のついたネックレスだった。パンジーのものだろうか。いや、彼女にはもっと派手なタイプのものが似合いそうだ。そう言うとパンジーは嬉しそうに頬を染めて、そして自慢気に話し始めた。


「レイブンクローのサクラの物よ。あいつ変な言葉を喋ってたし、これがないと英語を話せないみたいなのよ」
「へえ……。それで、君はそれを盗ってきたのかい?」
「いやだわ人聞きの悪い言い方。落ちていたのを、拾ってあげただけよ。あの子きっと今頃困ってるでしょうね」


「かわいそうに」口では気の毒そうに言いながらも、パンジーは僕を上目遣いで見てにやりと笑った。サクラの困っている様子を想像し、僕もせせら笑う。パンジーは満足そうに続けた。


「それで、ドラコ。これはあなたが預かっていてくれないかしら?」
「僕が?」
「ええ。サクラの友達が探しに来たとしても、私じゃなくてあなたが持ってるだなんて思いもしないでしょうよ」
「なるほど」


パンジーから受け取ったネックレスをローブのポケットに滑らせてから、僕は「図書館へ行ってくる」と言って寮を出た。

廊下の角を曲がると、図書室の前で話しているサクラとコーナー、そしてレイブンクローのクィディッチ選手を見つけた。何を話しているかは聞こえなかったが、コーナーに何か言われたサクラが奴に向かって微笑みかけるのは見えた。……僕に見せる顔はいつも、しかめ面ばかりのくせに。


「……?」


自分でもなぜそんなことを思うのかわけがわからなくて、ローブの胸元をぎゅっと握り締めた。そしてサクラが図書室へ入ると、その後を追うように僕も扉を開けた。

サクラは奥の隅の方の席に一人でいて、長い溜息を吐いていた。ローブに入れていたネックレスを取り出し、少し迷う。


「……おい」
『!ネックレス …〜〜〜〜』


振り返ると同時に紡ぎ出されたのは聞きなれない言語だった。このネックレスがないと英語を話せないというのは本当にようだ。それより何より、僕の顔を見るなり嫌そうな顔をされて少し苛立つ。しかし、持っていたネックレスを突き出すとサクラは驚いたように目を見開いた。


「やっぱり君のだったのか」


これ以上こいつに用事はないから、サクラが何か言っているのも聞き流して去ろうとした。だが、拙い発音で「待て」と呼び止められる。振り返るとサクラはもうネックレスを付け直していた。


「なんであんたがこれ持ってたの?それに、どうして私のって……」
「……ふん。別にたまたま落ちているのを見つけて、たまたまレイブンクローの奴らがお前のネックレスがどうのこうの言ってるのを聞いただけだ」
「そ、そうなの……」


サクラは不服そうな顔をしていたが、僕も内心同じような気持ちだった。どうして僕は、パンジーから預かったネックレスをあっさりとサクラに返しているんだ。しかもこんな、言い訳までして。マグル生まれに親切にするだなんて僕らしくない。そう思っていつもの調子で嫌味を言ったのだが、サクラは予想外の言葉を返した。


「……ありがとね、マルフォイ」
「っ、は、」


一体何を言っているんだこいつはと、今度は僕が目を丸くさせる番だった。僕がちょっかいをかける度あいつは明らかに嫌がっていて、だからきっと僕のことなんか嫌いなはずなのに、「ありがとう」だって!?

――だけどもっと驚いたのは、サクラに感謝の言葉を言われて、微かに笑った彼女の顔を見て、嬉しいと思う自分がいることだった。


「え、なに?」
「っ!なんでもない!」


サクラは固まったままの僕に不思議そうにしていた。たちまち顔に熱が集まるのを感じ、慌てて背中を向けてそのまま図書室を飛び出した。司書の怒る声が追いかけてきたが、そんなことよりも、バクバクとうるさい心臓と熱でもあるくらい熱い顔の方が大問題だった。ああ、もう、調子がおかしいのは全部あいつのせいだ!

それから僕は、以前のようにサクラに容易にちょっかいをかけられなくなった。ネックレスの件以来まともに話したと言えば、バレンタインデーの時くらいだろうか。だけど、目は頻繁にサクラのことを探していた。なんで、僕が、こんな。


「ねえドラコ、良いニュースよ!グレンジャーが秘密の部屋の怪物に石にされたんですって!
「本当かいパンジー?それはいい気味だな」
「ええ!しかも、あのサクラも一緒だそうよ!」


二年生も終わりに近づいていたある日、告げられたニュースに僕は思わず立ち上がり膝にのせていた教科書を落としてしまった。怪訝そうな顔をするパンジーに「それは、いい気味、だな」と同じセリフを繰り返すほど動揺した。

そのニュースはあっという間にホグワーツに広がった。レイブンクローの奴らは、特にサクラが普段親しくしているコーナーやパチル達はかなりの落ち込みようだった。……あいつがいないだけなのに、こんなにも雰囲気が変わって見えるのか。僕は暗く沈んでいるテーブルから目を反らし、パンジーを適当にまいて医務室へ向かった。


「……サクラ」


マダムがいないのを確認してベッドへ近寄ると、サクラはまるで眠っているかのように横たわっていた。もしかするとこのまま目を覚まさないのでは。そんな考えが頭をよぎり、嫌な汗が背中を伝う。震える手でサクラの頬に触れ、それから僕は二輪の花を置いて医務室を出た。

――君がはやく、良くなるようにと願いを込めて。

その後、ポッターが秘密の部屋の事件を解決したとの噂が流れた。またあいつが目立っていることに腹が立って仕方がない。だけどお祝いのパーティーの席に石にされていた奴らが次々と姿を見せ始め、僕の意識は完全にそちらへ持っていかれた。


「あっ――カエデ!?」
「本当だ!おいみんな!カエデだぜ!!」


サクラは少し遅れてグレンジャーと共にやって来た。レイブンクローのテーブルで寮生に揉みくちゃにされながらもすっかり元気そうなサクラに、心の底から安堵している自分がいた。ああ、良かった。本当によかった!

ガチャンッとフォークが手から滑り落ちた音ではっと我に返る。……どうして僕はこんなにもサクラのことを気にかけているんだろう。自問しても答えは出ない。僕がサクラを好きだなんてことは、まさか、そんな。

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