第二回 | ナノ

※R描写はありませんがややお下品




銭形警部がドアを蹴破って、ホテルの一室に二人でのりこんだ。


「な、何だ君たちは!?」
その部屋の客が怒鳴るが、そんなことでは私も警部も怯まない。
「ICPOの銭形です」
「みょうじです」

「◯山△彦さんですな。贈賄、詐欺、公正取引法違反云々の容疑で逮捕状が出ています……みょうじ!」
「はいッ」

警部に呼ばれ、私は内ポケットから手錠を取り出した。だが、◯山に掛ける寸前で、彼はテーブルに置いてあったスプレー缶のようなものを取り上げた。

そして、私の顔面に噴射した。

「!?」
「待たんかこのッ」
私が怯んだ隙に、◯山は逃げ出そうとした。だが、警部が咄嗟に私の手から手錠を奪って彼を拘束する。
私はといえば、咄嗟に閉じた目を恐る恐る開けてみたが、何も変わったことは無かった。

「あれ?てっきり催涙スプレーかと思ったのに」
「なっ!?あんた、何ともないのか!?」
「?はい」
「……畜生!」

◯山は吐き捨てたが、状況は変わらなかった。



▲▼▲


「警部、ちょっとこの部屋、暑くないですか」

◯山は部屋の外に待機させていた制服警官たちに引き渡したので、この部屋には銭形とみょうじしかいない。二人きりになった部屋で、まだ残された証拠品などがないか調べていると、みょうじが銭形に話しかけてきた。

「そうか?まあ、暑いなら上着でも脱いでおけ」
「そうします。あの、警部は暑くないのでしょうか」
「ああ」
「おかしいな、私体調悪いわけでもないのに……うわこれ使ってある、うわっ」
「あーあー、やめろ。揺らすな。ワシが調べてやるからお前は別の場所調べておけ」
「すいません……」


みょうじがベッドの上からつまみ上げたゴム製品を取り上げて、改めてベッドを見ると、シーツがひどく乱れているのが分かった。丸めたティッシュが隅の方に転がっているのも見える。なるほどそういう事か、と納得したのも束の間、はっとして後ろを振り返る。


「みょうじ!ひょっとして、お前が掛けられたスプレー、」
「警部……」


遅かった。
いつの間にか銭形の背後に立っていた彼の部下はひどい格好だった。安物のスーツは上下とも脱ぎ捨てられ、シャツのボタンは全て開いている。白の下着が丸見えだった。

彼女の力はそれほど強くなかったのに、重心を上手に崩された。あっというまにベッドに押し倒され、銭形は慌てた。「おい、やめろ、落ち着け」彼の言葉は聞こえていないのか聞く気がないのか、彼女は彼のネクタイを緩めにかかる。熱を持ったその指の動きに、肌をぞわぞわとした感覚が走った。

「警部、やっぱり暑いですよ、ここ……分かります?ほら、私こんなにあつい」
「あついの意味が違うッ!」

いつの間にかベッドに乗ったみょうじは、自分の身体を、器用に銭形の脚の間に挟ませた。 そして、彼の両肩をやさしく押さえつける。身動きが取れなくなった銭形はそんな部下を怒鳴りながら、やはりさっきのスプレーが元凶だと確信した。


「だがな、何も今効いてくるこたあないだろうが!」
「今思ったんですけど、わたしが下着になったのに警部は服を着ているのは不公平です。脱がしてもいいですか」
「しっかりしろみょうじ!さっきのは催淫剤だったんだよ、鼻か口かの粘膜から直に媚薬を喰らったんだ、おかしくもなる。わかったら離れろ。絶対あとで後悔するぞ!」


「……後悔なんてしませんよ」


銭形の言葉に、みょうじは彼のボタンを外す手を止めた。ぽつり、そう呟いたみょうじを窺い見ると、今にも泣きそうな顔でこちらを見下ろしている。その表情があまりに扇情的で、銭形は彼女を見ていられなくなった。視線をそらす。


「何でですか。そんなに私は駄目ですか。魅力ないですか」
「そういう話をしているんじゃないだろうッ」
「なら私を見てください。ちゃんと」

言うなり、みょうじは目を閉じた。そしてそのまま銭形に顔を近づけていく。

「なっ、おいっ、やめろ」
「お願い、拒まないでください。だって私、ずっと銭形警部のこと……」

そして。
銭形もまた、目を閉じた。


▲▼▲


「隙有りッ!!」
「!?」

突然、誰かに腕を強く引かれた。バランスを崩した私は訳も分からずベッドに顔から突っ込んだ。 ベッド?

「え?何でベッド」
頭が朦朧としている。意識を手繰り寄せようと顔を上げて振り向くと、仏頂面の銭形警部と目が合った。

「……みょうじ」
「あれ?嘘なんで私脱いで、」
「……この馬鹿ッ!!」

拳骨を落とされた。痛い。
が、その衝撃で完全に目が覚めた。
先程の記憶が次々に戻ってくる。恥ずかしさと情けなさでどんな顔をするべきか分からない。
だから、シャツの前を掻き寄せて、私は勢いよく頭を下げる。

「申し訳ありませんでしたッッ!」

「取り返しのつかない事するところでした、止めて頂かなかったら本気で危ないとこでした、本当にありがとうございましたッッ!!!!」

一息で言い切って顔を上げると、銭形警部はやっぱり仏頂面のままそこにいた。いてくれた。

「当たり前だ、馬鹿。一緒にいるのがワシとは限らんのだぞ、◯山に手錠掛ける前に喰らったらどうなったと思ってる!心配かけさせやがって、この大馬鹿ッ!」
「はいッ!!!!」

何度も何度も投げつけられる「馬鹿」がこれほど嬉しいと思ったことはなかった。


『私、ずっと銭形警部のことーー』

その先の言葉は、私にとってとても大切なものだった。得体の知れない薬に台無しにされなくて本当に良かったと思う。

その言葉を言い終わってしまう直前に落とされた拳骨を思い出し、ふう、と息を吐いた。
結局、警部に守られたのだ。私の心も、身体も。全部。

「みょうじ」
「はい」
「さっさとその格好を何とかしろ。帰るぞ」
「……はい!」

返事をして、シャツの前を留めて、ズボンを引き上げた。最後にスニーカーを履いて、警部の隣に並ぶ。

「警部」
「なんだ」
「本当に、ありがとうございました」
「まだ言ってるのか」
「だって、嬉しかったから」

少しだけ調子に乗って言ってみると、警部はまた、馬鹿、と私に言った。その語調は少しだけ和らいでいた。

「毎日顔合わせるんだ、お前と気まずくなるのはご免だ」
「……ですね!」

私たちの関係は明日からも変わらない。警部の言葉が証明してくれた。
今はただ、それが嬉しい。それだけでいい。私は力一杯頷いた。



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