第二回 | ナノ

 生まれてしまったどうしようもない差に大きな不安を感じてしまうのは、仕方がないことなのだろうか。

 目の前で可愛い女の子たちに黄色い歓声を浴びせられながら囲まれている彼を遠目に見ながら思う。彼との約束のために彼の学校の校門で胸を躍らせながら待っていたのだが、上がっていた気分が急降下する音がした。
 もし、私がまだ彼と同い年のままだったなら、こんな風に遠くから眺めるだけでなく傍へ駆けて行って声をかけられたのかもしれない。普段からもっと近くで彼を見つめることができたのかもしれない。今よりもずっと、ずっと長く同じ時間を共有できたのかもしれない。そんなことばかりを考えてしまう自分が少し情けなくて、深く息を吐いた。

 すると、ふと目の前の人だかりの中心にいる要が私に気付く。内心、私に気付いてくれたという素直な喜びと、やっと気付いてくれたのかという不満が生まれて複雑になる。でも、私に気付いた彼がそのまま視線を外すことなく優しく微笑むものだから、私の心臓はすぐに彼の元へ飛んで行ってしまう。要の言動ひとつひとつに一喜一憂してしまう自分が少し悔しかった。
 逆に、要の方は私といてどう感じているのだろう。そんな疑問がふわりと浮かぶ。いつも飄々と余裕そうな彼の笑顔は、そう簡単には崩れない。彼がもう少し幼かった頃、私が彼の背中を押していた頃、他の女の子のことで苦しむ要の姿を見たことくらいしか。

 うだうだ考えていたら女の子たちに囲まれている要を見ているのがつらくなって、彼から目線を外す。お気に入りのスニーカーの先っぽが、たくさん歩いてきた証拠に砂や泥で汚れていた。

 *

「要ってほんと昔からモテるよね」

 要の通う高校から少し離れた海沿いの道。涼しい海風と共に暖かい空気が運ばれてきて、私たちを横切った。私たちの思い出が詰まった季節が近づいている。
 やっとのことで私の隣に来た要に嫌味のひとつでも言ってやろうかと、そう口を開けば、思っていた以上にきつい言い方になってしまって内心焦る。別に要を咎めようとしているわけではないのに。これじゃあまるで拗ねた子供のようだ。

「なぁに、なまえってば妬いてくれたの?」

 心の中であれやこれやと心配していたら、要からはそんな言葉が返ってきて、どっちが大人だよと頭の中でつっこむ。要は私の考えていることなどお見通しなようで、隣でニコニコしながら私の顔を覗き込んでいた。

「どーだか」
「ほんと、素直じゃないなぁ」

 光並みにね。
 いつも私たちの先頭にいた幼馴染の名前を出して、要は笑った。私よりも5つも年下になってしまった彼の年相応の笑顔。ああ、遠い。自分が年上になってしまったことをひどく痛感した。

 もう10年近く前に起きた、おふねひきの事件。あの日を境に、同い年で幼馴染だった要たちとの時のずれが生じてしまったのだ。5年。5年の月日の差。大人たちからすれば5年の月日など大したものじゃないと思われるかもしれないが、私たち子どもには大きな差だった。14歳の姿の要たちが戻ってきたころには、私やちさき、紡は19歳、成人の手前。そんな現実を突きつけられたとき、大人になってしまった自分の姿がとても醜いものに見えて仕方がなかった。

 でも、そんな私を救ってくれたのは紛れもない彼だったのだから、どうしたって彼は私の心の真ん中に居続けるのだ。

「せっかくの放課後デートなんだし、いつもより素直になってもいいんじゃないの?」

 眉を八の字に下げて、困ったような要。
 “放課後デート”。その言葉に喜びを覚えるも、またもや悲しいことを考えてしまい素直に喜べなかった。

「……私も、制服着て、要と校門を出たかった」
「……」

 私がぼそりと口にした言葉に彼の歩みが止まる。私の歩みも止まった。思っていても、決して口に出してはいけないものだった。口に出してから気づく。先程まで本当にデートを楽しみにしているといった要の雰囲気が暗くなる。

「こればっかりは仕方がないよ。僕だって、同じことを考えた」

 私の数歩前へ出た要の顔は見えない。けれども、声は幾分低めで哀愁を漂わせていた。ああ、本当はこんなこと言うはずじゃなかったのに。いつもいつも、自分の伝えたいことを伝えられずに相手を傷つけては後悔する。
 歳の差やあの事件のことでたくさん悩んで苦しんできた。それでも、少しずつ乗り越えて、こうして要が私の傍で歩いてきているのに……!

 か な め !

 心の中で叫んだ。幼いころからずっと思い続けてきた人。要は昔ちさきのことが好きだった。震える彼の背中を支えることしかできなかった私だけれど、曲がりなりにも気持ちを伝えて、長い月日をかけて彼は私の隣に来ることを選んでくれたのだ。今更、彼の手を離すなんてこと、私にはできそうにないや。

 ねぇ、私は、ちゃんとあなたのこと、愛せてますか?

「っ……! なまえ?」

 要の声にはっとなる。無意識だった。無意識に、彼の制服の袖に右手を伸ばしていた。どうしようもない恥ずかしさが込み上げてきて、自然と顔を伏せる。何か言わなくてはと混乱した頭で言葉を捜した。唇が動く。

「私っ! 要のこと、ちゃんと愛せてるかなっ?」

 地面にたたきつけられた言葉。視線は上げられない。今、要はどんな顔をしているだろうか。きっと、とても驚いているんじゃないかな。心臓が通常運転をできない反面、変なところで冷静に働く脳に心の中で小さく笑った。
 ザッと靴の音がして、要が振り向くのがわかった。要を纏っていた重い空気が軽くなり、どことなくあたたかくなった気がした。

「僕のほうが、」

 聞こえてきた要の声に耳を傾ける。

「なまえからたくさんの気持ちをもらってるんだよ。だから、今度は僕からたくさんの好きとありがとうを伝えようと思っていたのに、僕ばっかり愛されてちゃ不公平だ」

 ゆらり。彼が笑う、空気が揺れた。視線を上げると、私の瞳に愛おしげに笑う私と同じ海色の瞳をもつ要の姿が鮮明に映る。夕日に輝いた海の姿が目の端に映りこんだ。

「好き、だよ」

 彼の唇から紡ぎだされた言葉が私の耳に届いて、ゆっくりと体の中に響き渡った気がした。大きく脈打つ心臓の音もハッキリと聞こえてきて、私は生きていると実感する。これは夢ではないのだと、脳が理解する。

「同い年じゃなくて年上になっても、一生懸命になると気持ちがまっすぐに突き進んじゃうところとか、優しすぎて相手の気持ちばかり大切にするところとか、昔から変わらない」

 くすりと笑った要の顔が、おれんじ色に輝いた。

「でも、そんななまえだから、僕は君との新しい恋を育んでいこうと思えたんだよ。だから、もう、不安にならないで」

 彼の服の袖を掴んでいた手が彼の手に包まれて、そのまま彼の唇へ引き寄せられていった。まるで、王子様がお姫様と約束を交わすように。
 なんてまぁ恥ずかしいことをさらりとやってのけるんだ、なんて熱くなった頬を隠すこともなく囁き、なんだ要も昔と変わらないじゃないかと思う。

 でも、ただひとつ、明らかになった彼の変化は、私の気持ちは一歩通行じゃないことを改めて再確認させてくれて、要にもらったたくさんの気持ちや言葉を頭の中で反復させて、緩んだ頬で意地悪をひとつ。

「要、顔真っ赤だよ」




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