雲一つ無い澄んだ青空。 暖かく柔らかい春の風。 入学式にはもってこいの、むしろ出来過ぎた日だった。 着慣れない制服がむず痒い。中学の頃はセーラー服だったから、新調したワイシャツの上にお下がりのブレザー、それに東京に出てまで買ったリボンとチェックのスカートという服装はとても新鮮だ。私服校ならではの寄せ集め。周りにはセーラー服を着ている子や、スーツを着ている子も見受けられる。統一感がなくて面白い。 校門前に置いてある入学式、と書かれた大きなパネルが、3年前を髣髴とさせた。そこで一枚、写真を撮り、親と別れた。 私が入学した高校は、もしかしたら良いところかもしれない。 まだ初日だし外見だけで判断している部分が大多数だが、男子も女子も穏やかな人が多いと思う。今のところ、外見が悪そうな人も居ない。昨年、高校見学に訪れた時から、こんな柔らかい校風は好印象だった。 ただ、私の気分は浮かない。 昇降口で先輩方に案内され、教室に入った。まず同じ中学の親友がいた事に感激した。友達を無理に作らなくていいというのは楽だし、中学でも別段に仲の良い子だったからだ。次に、担任の先生が優しそうだったこと。隣の席の女の子が可愛い子だったこと。席が一番後ろだったこと。 ここまでは順調だった。 入学式で点呼された名前に、一瞬、心臓が止まった。 『7組、アベ タカヤ』 そう呼ばれ返事をした彼の後ろ姿に、さらにピンときた。 タカヤ。確か、そう呼ばれていた。私は彼を知っている。 式が終わり、教室に入るや否や自己紹介が始まった。同じクラスのアベタカヤはぶっきら棒にそれを終えた。中学の頃はシニアで野球をやっていたらしい。ほぼ確定だ。 全員自己紹介を終えてから、担任がプリントを職員室に忘れたとか何とかで、少しの間自由時間が出来る。あっという間にざわつき始める教室に、私は素直に感心した。みんなフレンドリーだ。 「あの、」 不意に声をかけられ、私はそちらを向いた。隣の席の、目が大きくて、色白で、小柄な可愛い女の子だ。確か、篠岡千代、と言った気がする。 「昴ちゃん、だよね?」 「あ、うん!篠岡千代ちゃんでいいんだよね?昴でいいよ!よろしく!」 「あはは、私も千代でいいよ!こちらこそよろしくね」 私と相反して、落ち着いた様子だった。可愛いし、優しい。彼女がいい子だということを確信した。 先生はしばらく戻ってこなかった。その間、隣の席の彼女と話をした。千代ちゃんはアベタカヤと同じ中学だったらしい。高校野球が好きで、中学時代はソフトボールをやっていたと言っていた。私も野球は好きだと言うと、じゃあ一緒にマネージャーをやらないかと誘われてしまったが、悪いと思いながらも断った。マネージャーなんて出来る技量も、優しさも、知識も持ち合わせて居ない。何より、やりたい事があった。その事を伝えると、彼女はお日様のような笑顔で頑張って、と言ってくれた。じんとしてしまった。その後に、メールアドレスを交換した。なんだか女子高校生だなあ、と改めて感じた。 先生が戻ってきて学級活動が一通り終わると、この日は即解散となった。親友と校門で写真を撮り、そのまま何もせず帰宅した。寄せ集めの制服をハンガーに掛け、靴下を脱ぎ捨て、リボンをはずして、部屋着に腕を通した。それから、ベッドに飛び込んだ。何もしていないはずなのに、疲れた。肉体的な疲れでは無い事は明瞭としている。 おもむろに携帯電話を確認すると、千代ちゃんと、良く見知った人物2人からメールが届いていた。千代ちゃんからは、これからよろしく、といった旨のメールだった。後者2人は件名が無い。本文も、たった一文だった。 『お前高校ドコにしたの。今日入学式だっただろ』 『入学オメデト。友達できた?』 直ぐに受信フォルダから消去した。鼓動が加速していく。 布団に潜った。胸の奥の方が太い縄で締め付けられているようで、息をする度に苦しくなった。罪悪感、罪悪感、罪悪感しかなかった。 ハル。アキ。彼らはあの日の約束を覚えているのだろうか。もし覚えていたのなら、覚えていなくとも、私はヒドイヤツだ。世界中の罪人にさえ勝る、サイテーなヤツだ。 目頭の辺りがじわりと熱くなってきて、一粒の涙が布に吸い込まれていった。 寝て起きたらなにもかも夢だった、とか、そういうのだったらいいのに。 |