「どうしようねぇ樺ちゃん、もう若ママのお菓子食べていいかな。いいよね?」
「駄目だ」
小声で話しかけたつもりがばっちり聞かれてたらしく、若は向かいから丸めた教科書で思いっきり頭を叩いてきた。精一杯の反抗として睨みを利かせてみるけど、当の本人は私が欲しくてたまらないお菓子を自分の近くに引き寄せるばかり。隣にいる樺ちゃんは、私達を交互に見ながら心配そうな顔で頭を撫でてくれた。
5月も中旬を過ぎた今日この頃、今日は若の家で勉強会が開かれている。それもそのはず、今月末に私達にとって初めての中間テストがあるのだ。先生から渡された対策プリントを解き終えるまでお菓子はお預けという若の教育方針に、私はまーったく納得できない。くそおおぉお。
「ほら萌乃ちゃん、口より手動かさなきゃ。あともうちょっとでしょ?」
「ウス」
「でもこのもうちょっとが1番難しくて…」
「昨日説明しただろ、それ」
「お願い!もう1回!」
顔の前に両手をパンッ!と合わせながら頼むと、若は目を細めながらも身を乗り出して説明を始めてくれた。樺ちゃんと長太郎も同じく説明を聞いていて、3人の真剣な表情を見てると私もちょびっとだけやる気が上がったり、下がったり。
「いいか、もう説明しないからな。もし分からなくなったら2人のどっちかに聞け、俺は集中する」
「はーい!もうばっちりだよ!」
私の返事に若は「どうだかな」と言って来たけど、ここまで砕いて説明してもらえれば大丈夫だ!多分!
そう意気込んだ私の自信は嘘ではなく、30分後にようやく若ママのお菓子にありつけた。ちなみに今日のお菓子は抹茶のパウンドケーキで、これがまた美味しいんだ!
「いやー幸せですね!」
「萌乃ちゃん、ほっぺにケーキ付いてるよ」
「若ー、お友達来たわよー」
「は?」
とそこで襖を開けて入って来たのは若ママで、難しい表情を浮かべている若はほっといて若ママに声をかける。「今日も凄く美味しいです!」「ありがとう、おかわりあるから足りなくなったら言ってね」大好き若ママ!
そんな会話を交わしている間に若はその友達とやらを迎えに玄関に行ったのだけれど、直後私達の耳には若の怒鳴り声が聞こえた。
「若ママ、若の友達って誰ですか?」
「私も初めて見たんだけど、なんか同じ部活なんですって。長太郎君と崇弘君も知ってるんじゃ、ってあら?」
え、テニス部?と思った時には既に長太郎と樺ちゃんも玄関に向かって走っていった。私は3人以外のテニス部は先輩達しか知らないけど、きっと3人には別に知り合いがいるんだろうなぁ。なんて悠長な事を思いながら3つ目のパウンドケーキに手を伸ばした瞬間、バンッ!と勢いよく襖が開いた。
「どうぞ」
「ありがとー!へぇー此処が日吉んちかぁー!」
「でっけぇのな!」
「すんません、お邪魔します」
はて、何故。…何故先輩達が此処に!?びっくりしてポカンと口を開けていると長太郎が隣に来て、俺が宍戸さんに今日の事話したらジロー先輩と向日先輩がね、と耳打ちしてきた。いや私は別に先輩達がいるのは全然良いんだけど、心配するべきなのは若だ。どうぞ、って招き入れたくせに顔が鬼。本当に鬼。
「言っとくけど俺は遠慮しとけって言ったからな、悪く思うなよ」
「別に、そもそも何故この2人に話したのかを問いただしたいですがね」
そう言われてしまっては宍戸さんも何も言えないのか、気まずそうに頭を掻きながら目を逸らした。宍戸さんだからいいじゃん若ー、と思ってしまう私は駄目なのでしょうか。
すげーすげーと言いながら辺りを物色するジロー先輩と岳人先輩は、若ママが再び持ってきたパウンドケーキを見て更に目を輝かせた。それを見て私もようやく3つ目に手を付ける。
「若ー、顔怖いよ?」
「この状況でアホ面かましてるお前に腹が立つ」
「いてててて」
この人数でも和室にはまだまだ余裕があるのに、なんでそんなに嫌なんだろうなぁ。口には出さずとも内心そう思っていると、若は私の考えを見透かしたのか「そういう問題じゃない」と溜息交じりに呟いてから、投げやりに筆記用具を放りだした。これってもしかして勉強会中止?