05
普段、若は私の行動によく呆れたように溜息を吐く。でもそれは若と私の仲だから許される事であって、あまり話した事のない、いわば他人にそれをやられると中々苦しいものがあった。



「ごめんなさい、わざとじゃないんです」

「わざとやったらタチ悪すぎやろ。えぇからはよ拾うで」

「え、い、いいですよ」

「遭遇してしもた以上ほっとけんやろ」



授業中居眠りした罰として皆のノートを運ばされていた私は、眠気が醒めていないままそんな事をしてしまったせいか、廊下のど真ん中で盛大にノートをぶちまけてしまった。あぁーやっちゃったーと思って前を見ると、そこにはかなり面倒くさそうな表情を浮かべているテニス部の忍足先輩がいて、更にやっちゃった、と心の中で嘆いた。

一度食堂で話してから、跡部先輩、宍戸さん、ジロー先輩とは仲良くさせてもらっている。岳人先輩と滝先輩も少ししか話した事無いけど優しいし、テニス部の先輩には本当に良くしてもらってる。…でも、忍足先輩だけは違う。



「ほな、俺はこれで」

「あっ、は、はい。ありがとうございましたー…」



バサッ、と最後の1冊を重ねた先輩は、私がお礼を言い終える前に足早に何処かへ行ってしまった。あまりにもみっともない自分が恥ずかしすぎて、さっさとノートを抱え直して職員室に急ぐ。

忍足先輩はいつも、大抵テニス部の人といるか、そうでなければずっと1人でいる所しか見た事無い。きっと、いや、かなりの確率で私はあまり良く思われていないのはとっくのとうにわかってる。その理由がなんなのかはよく知らない。でも、長太郎とかの話によれば、忍足先輩は元々女嫌いだから仕方ないとかなんとか。そんな理由で嫌われるのは少し寂しいけど、私がどうにかできる問題でもないからどうしようもない。



「ごめんね、ウチの忍足が」

「へっ?あ…」



上の空気味に廊下を歩いていると、前方から次は滝先輩が現れた。先輩は今さっきの私と忍足先輩の一連のやりとりを見ていたのか、かなり困った感じで笑ってる。見られてたのかぁ。



「いいえ、むしろ私が申し訳なかったです。よりによって忍足先輩の目の前で馬鹿な事しちゃって」

「悪気があるわけではないんだ。かといって、それで全部済ませられるわけでもないんだけどね」



話しつつもノートを持ってくれた先輩の仕草は、あまりにもさりげなさすぎて遠慮する暇も無かった。だから、頭をぺこぺこと下げながら先輩の隣を歩く。



「岳人とダブルスを組み始めて、少しは温厚になったと思ったんだけどね。女の子に対してはいつまでもあぁなんだ」

「そうなんですか…」

「特に跡部なんかはかなり心配しちゃってさ。まぁ、こんな事牧田さんに愚痴っても仕方ないんだけど」



テニス部の事情に私が立ち入るのは勿論、忍足先輩の性格についてどうこう言うなんて以ての外だ。でも、多分滝先輩も色々と思う所があるんだろうなぁって思った。完全に他人事だ。



「でも牧田さんって、あの日吉と仲が良いくらいだから忍足とも仲良くなれると思うよ」

「いや、若は小さい頃に会ったから今も仲良く出来てるだけで、今の若から仲良くなるのは多分無理です」

「それ日吉聞いたら怒るよー」



目を細めて笑った滝先輩につられて、私の強張っていた表情筋もやっと緩んでくれた。若には心の中で謝っておこう。



「ま、あいつがいいならいいって割り切る事しか俺には出来ないから、何も言及はしないよ」



笑い声が止んで、滝先輩の静かな声が廊下に響く。その言葉は多分、私に向けてというよりは自分に言い聞かせている感じだったから、私は何も返す事が出来なかった。…忍足先輩、かぁ。


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