「今日は今までしてきた徒手練習の抜き打ちテストを行います。それに合格した人はゴム弓を使った練習、次に実際に弓矢を使った素引き練習にと、どんどんレベルアップ出来ます。1年生は精一杯頑張るように」
放課後。まだ着付けがたどたどしい1年生の皆と着替えを終えてから、弓道場にいる先輩方の前に整列すると、不意に部長の三笠椿先輩はそう言った。ちなみに徒手練習とは、手に何も持たずに弓矢を引く動作を練習する事であり、正直小学生の頃からやって来た事を延々とやるのには飽きていた所だから、よっしゃ来た!というのが本音だ!
「どうしよう萌乃、私まだ徒手まともに出来てないのに…絶対落ちるよー」
「大丈夫だって、練習すれば上手くなるよ!」
「いいなぁ萌乃はー」
「昔からやってたからだって」
そう意気込んでいる私とは対照的に、入部して以来仲良しの間宮杏子は不安げな顔で私の道着を引っ張って来た。杏子は中学から弓道を始めたばかりだから、まだよくわからない事が多いのは仕方ない。
いつまでも緊張している杏子をなるべく元気づけてから、徒手を見せる為に先輩方の前に立ちに行く。両足を平行に揃えて、真っ直ぐ立って。
―――結果からいうと、私は見事徒手テストに合格した。いや、むしろ、小学校からやってきたくせにここで不合格になる訳にはいかない。渡されたゴム弓を持って思わず笑顔を浮かべれば、先生も先輩方も皆、流石綺麗だね、と褒めてくれた。
でも、三笠先輩だけはどこか違った。
「…おめでとう、次も頑張ってね」
「…はい!」
厳しくも言う事は的確で、おまけに美人な三笠先輩は、入部して間もない私から見ても学年問わず慕われている素敵な人だ。三笠先輩も小学生の頃から弓道をやってきたらしくて、私もそうだと言えば「出来る事なら協力するから、これから頑張ろうね」とまで言ってくれた。だから、先輩も喜んでくれると思ったのに、私にそう言葉をかけた先輩の表情は少しぎこちなかった。
「萌乃ー…」
「杏子!どうだった?」
「やっぱり駄目だったー。次頑張るよー」
「そっか、出来る事なら協力するから頑張ろうね!」
「うん、ありがとう萌乃」
とはいえ、それを考え始めた所で何か出来るかと聞かれればそうではない。私は心の中で三笠先輩の真似しちゃった、と少し照れつつつ、再び徒手練習を行う杏子とは別の、ゴム弓練習を行う場所へ向かった。
ゴム弓練習も勿論初めてではない。小学生の頃は、骨格の問題から本物の弓矢を引かせてもらう事は出来なかったけれど、軽いものなら沢山触れてきた。だから、その経験から生まれた自信を、今は兎に角生かすだけだ!
そんな風に、ゴム弓を片手にガッツポーズをしていた私の後姿を、三笠先輩がなんとも言えない表情で見つめていた事など、浮かれていた私が知る由も無かった。
***
「待ってー!」
「早くしろ」
「まぁまぁ日吉、待ってあげようよ」
「ウス」
それぞれの部活を終えた4人は、待ち合わせ場所である昇降口にいた。まだブレザーを羽織りきれてない萌乃を置いていこうとする日吉を、鳳と樺地は苦笑でなだめる。
「酷いよ若、置いていかなくても!」
「着替えるのが遅いんだよ」
「道着だから仕方ないじゃんー」
日の暮れが遅くなってきたのか、時刻は18時になる所だが、まだ日は沈み切っていない。そんな中4人はゆっくりとした歩調で、いつも通り他愛もない話をしながらダラダラと歩いていた。
「今日ね、徒手テストがあったの!合格したよ!」
「お前射形の型だけは綺麗だからな」
「だから若は一言多いんだってば!」
「ほら萌乃ちゃん、飛び付かないの」
「スカートで、そんな事をしたら、駄目、です」
取っ組み合いを始める2人を引き剥がすのも、もうお手の物だ。それでも未だ日吉と萌乃は威嚇している動物のように睨み合っているが、しばらく経ったら自然にそれも収まる。
「テニス部は、来週から校内総当たり戦があるみたいなんだ」
「そうなんだ、皆も出るの?」
「あぁ。通常1年は不参加だが、部長があの人だからな。強い者が上に行く」
「おぉー!跡部先輩ー!」
今日付けで跡部のファンになった萌乃は、日吉が説明した彼の意向を大袈裟に讃えた。そんな彼女を見て何故か面白くない気分に駆られた日吉は、高い位置で一纏めにしている彼女の黒髪を勢いよく引っ張った。それからまた取っ組み合いが始まり、もう鳳と樺地は諦めモードだ。
「日吉も、分かりやすいのに素直じゃないよね、樺地」
「ウス」
まだ先の事に期待しか持っていない4人に、これから何が起こるのかは、誰も知らない。