ここまで力の差を見せつけられたのは、これが初めてだった。



「立海大附属中、関東制覇!」



昨年の全国優勝校というだけで周りは気弱になっていたが、その活躍をこの目で見た事が無い立場からするとそんな事はどうでも良かった。自分は自分の学校を応援するまでで、相手校なんざどうでも良い。鳳も最初のうちはウジウジと弱音を吐いていたが、試合が始まる直前にはしっかりと緊張感のある表情になっていた。

が、それは開始早々崩される事となった。



「すまねぇ跡部、お前までまわせなかった」



S2の3年生がS1の跡部部長にそう言うと、部長は無言で肩に置かれた手を払い、ゆっくりと首を横に振って3年生の健闘を称えた。それから部長が見据えた先に、つられるようにして俺も視線を向ける。



「化け物やな」



滅多に表情を崩さない忍足先輩の額からは、冷や汗と思われるものがツウ、と流れていた。この人も控え選手として登録されていたが、やらなくとも結果は分かっているような素振りだ。

D1の柳蓮二、S3の真田弦一郎、S2の幸村精市。この3人の強さは他の選手とは桁違いで、まさに化け物並だった。S1には一応部長が控えられていたようだが、実力は間違いなく幸村精市の方が上だろうと直感で判断した。D1もペアは3年生だったようだが、柳蓮二のデータテニスというものが勝因だというのは明らかだった。真田弦一郎は、時折垣間見える武士道の構えには自分と通ずるものがあったが、強さは間違いなく足元にも及ばない。負けず嫌いと自負している自分が此処まで思えるのは初めてで、そしてそれはとても悔しい事だった。



「全国で借りを返す」



凛と言い放った部長に部員は大声で返事をするが、今の俺にそんな余裕は無かった。俺の今1番下剋上したい相手は部長だが、恐らく部長自身も気付いているだろう。このメンバーでは勝てないと。だが、それでも頂点に立つ者として意識高くあろうとする部長の背中には、絶対的な覚悟があった。



***



1年間の中で数回、部活が普段以上に厳しくなる期間、というものがある。それは全て大会前のことを指すのだけれど、夏休みに入った事に加え全国大会という最も大事な大会となれば、練習も各段に厳しくなるのは目に見えていた。…でも、きっと考えが甘かったのだろう。



「チコチコチコチコーー」

「くぅーん」



家に着くなり、バタン!と倒れこむように玄関で倒れる。最近ではこの音を聞いてチコが迎えに来てくれるようになり、更に数秒後、音を聞きつけたお母さんが起こしに来てくれるのが普通の光景になった。

一言、きついです!!

いくら弓道が大好きとはいえ、体力を消耗すればそりゃあ疲れるに決まってるんだ。自他共に弓道バカなのは認めているけれど、なんでもかんでも好きだから!で押込める程もう割り切れない。道場時代はそれでいけたのに、部活って形が出来ただけで随分違う。



「毎日毎日お疲れねぇ。体壊すんじゃないわよ?」

「小学校の頃は帰って来てからもずっと素引き練習してたのになぁ」



部屋着に着替えてから台所に行くと、お母さんとお父さんはちょっと心配そうな顔で話しかけて来た。それにうん、大丈夫、とだけ答えてから、机に乗っている親子丼に食らいつく。

素引き練習をしたいのは山々だけど、ご飯の後にお風呂入って宿題やってとか色々やってたらもう眠くなっちゃってそれどころじゃない。寝る前にベッドの上でゴム弓練習をするくらいで精一杯だ。その事は2人も分かってくれてるのか、お母さんは何も言わずにおかわりをくれた。



「そういえば萌乃、決勝で当たったのって立海だったよな?」

「うん、そうだよ?」

「前話した父さんの会社の息子さんの話覚えてるか?」



とそこでお父さんが話しかけてきた内容に、いつだかの晩御飯中を思い出す。確かアクロバティックの選手かな、って話した気がするなぁ。



「覚えてるよー」

「その息子さんも立海らしくてなぁ、いやぁ凄い縁だね」

「…立海のテニス部って事?」



立海。テニス部。

若と長太郎から関東大会決勝の様子を詳しく聞いたのはついこの前の話だ。試合結果は1−3、跡部先輩までまわる事なく負けちゃったらしい。



「そうそう。年齢はお前より1つ上だから若君達が知ってるかはわからないが、真田さんは我が子ながら強いって自慢げに話していたから、もしかしたら見た事あるかもしれないな!」



その1ゲームも相手が途中怪我で棄権したから取れたのであって、実際はほぼ惨敗だった、って2人は悔しそうに言っていた。弓道でもテニスでも負けて、正直立海って聞いただけで今はあんまり良い気がしない。でもお父さんはそんな私の気持ちなんか知ったこっちゃないから、まだ真田さんの息子について話している。



「ごちそうさま!」



―――何が嬉しくてお父さんから敵の話を聞かなきゃいけないの!

我侭だとはわかっていたけどどうにも我慢出来なくて、それでも親子丼はちゃんと全部食べてから私はそこを逃げ出した。立ち上がった瞬間2人はびっくりして目を丸くしてたけど、チコも寄り添って来てくれたけど、全部に気付かないフリをして部屋にこもる。それから気を紛らわそうとしてゴム弓を棚から取り出すと、治りかけていた掌のまめが見事に潰れて、思わずそれを投げ出した。やだな、先輩達を応援するって、若達とも滝先輩とも頑張るって約束したのにな。

ちょっぴり挫けそうだ。


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