あ、と声が重なる。
「なんか久しぶりだね!」
「…そうね」
補水の為に水飲み場に来た三笠の元に、梶原は手の甲で額の汗を拭いながら近付いてきた。2人っきりで話すのは確かに久しぶりで、その事に三笠は柄にもなく動揺する。
「選抜おめでとう。って言っても、あんたはほぼ確定だったかー」
明るい声でそう言ってくる梶原にどう返せばいいのかわからなく、三笠は思わず言葉に詰まった。勢いづける為にと水をガブ飲みしたが、結局言葉も全て飲み込んでしまった。
「私さ、あんたが羨ましかったよ」
不意に切り出された今まで一度も触れて来なかった話題に、情けないほど心臓が跳ねるのを感じる。もはや何がキッカケだったのかはよく覚えていない。ただ、自分が相手に対してそういう装いになるのが当たり前になっていた。
「始めたのは私と一緒なのにどんどん上手くなっていくあんたを見て、正直めちゃくちゃ嫉妬した」
「…梶原、」
「早気も治らないし、メンバーには選ばれなかったし。…でも、なんかわかった気もするんだよね」
なのに誰よりも相手の事が気になって、話しかけようと試みた事が何度あったかなどもう計り知れない。それが出来なかったのは恐らく、ただの意気地だ。
「自分を駄目にしてたのは自分だったよ」
「先輩達ー!!」
とそこで、梶原が意を決したように発した言葉と共に、あまりにも場違いすぎる幼い声が飛び込んできた。急な事に2人は呆気にとられ、やってきた小さな体を凝視する。ゼーハーゼーハーと息を荒くしている萌乃に2人はとりあえず水を飲ませ、そうすると彼女は早々と復活した。そして。
「わがままでごめんなさい!お節介で鬱陶しいのは分かってます!でも、大好きな弓道のせいで大好きなお2人が離れ離れになるのは凄く嫌なんです!」
「あの、牧田ちゃん?」
「2人共凄く寂しそうで辛そうなのに、このままなんて絶対駄目です!」
「落ち着け暴れるな」
困ったように笑いながら顔を覗き込んだ梶原とは真逆に、三笠は容赦なく萌乃の頭を叩いた。思いの外力が強かったのか、彼女はそれを区切りに飼い主の機嫌を窺うような眼差しで2人を見上げる。
「…という訳で、犬が泣き出す前にどうにかしようか、梶原」
「あははっ、そうだね!」
「私、あんたとなら今からでも充分修正効くと思ってるよ」
「勿論私も!」
「へ?」
予想外の展開に目を瞠るのは萌乃だけで、2人は鬱憤が晴れたような顔で笑い合っている。え、なんだろうこれ、私いらなかった感じなのかな?いや確かに最初から部外者ではあったけど。どうしよう、あれ。ひときしり笑った後2人はそんな萌乃の様子に気付き、次は2人で彼女の頭を優しく叩いた。
「ふ、2人同時ですか!?」
「ありがとね牧田ちゃんー。タイミングは色々間違ってるけど、あんた本当に可愛いね」
「ウザい牧田も好きよ」
褒められてるのか貶されてるのかいまいち分からないが、2人に包まれた萌乃はそれだけで何もかも良くなったのか、精一杯の力を込めてその抱擁に応えた。
やっぱり諦めなくて良かった。今回は、鬱陶しさを最後まで保つ事が出来た彼女の勝ちである。
***
「弓道部もメンバー発表されたんだね。テニス部も明日にはされるよ」
「そうなんだー!」
いつもの4人で帰路についていると、今日はいつもよりも更に部活の話題で盛り上がった。萌乃の方は明らかにあの一連の出来事があってだろうが、どうやらテニス部も明日には大会メンバーが分かるらしい。
「私が知ってる人では誰が出るのかな?」
「跡部部長と忍足さんは確実だろうな。実質あの人達は3年より強い」
「ウス」
「わー、流石だねぇ」
俺もすぐに追い抜かすが、という野心を忘れない日吉に、萌乃も同意するように彼の背中を叩く。その調子で駄菓子屋に寄り道できないか問いかけてみたが、返事は当たり前のようにNOだった。元気だったしっぽが一瞬にして項垂れる。
「いいじゃん寄り道くらいー…」
「どうせ家にも散々あるんだろ。太るぞ」
「太った萌乃ちゃんは想像つかないなぁ」
「弓道してるからいいのー!」
出てこそはいないものの幼児体型な腹をポン!と叩けば、日吉は見ていられないという風に首を横に振りながら目を逸らした。それが癇に障ったのか、萌乃は更に彼に詰め寄る。
「この光景、これから何回見る事になるんだろうねぇ」
「…きっと、ずっと、です」
今はまだ追いかける立場である彼らがいつその背中を越す事になるか、それはまだまだ先の話。