甘えてみる

「すごいすごいっ!上手すぎるよユウくん!」

「ほんまか!?これもえみかのおかげや!おおきにーっ!」

「やったねーっ!」



歌の屋上特訓を始めてから早1ヶ月。最初は緊張して声も震えてたけど、今じゃ堂々とユウくんは本来のキレーな歌声を発揮できている。それは私にとって凄く嬉しいことで、ユウくんも同じ気持ちなのか勢いよく抱きついてきた。うーん、ちょっと苦しいかな!



「はー…人前で、しかも女の子の前で歌えるようになる日が来るなんて思っとらんかったわ」

「その日がようやく来たんですよユウジさん!」

「そうですねえみかさん!」



私達が依然抱き合ったままそんな会話を繰り広げていると、ガチャ、とドアの開く音がした。誰かなーと思ってそのままの体勢で体の方向をドアに向けてみると、そこには景くんがいた。



「…何やってんだお前ら」

「見てわからへんか?抱擁や抱擁!感動の抱擁やで!」

「うん、お祝いの抱擁!景くんも入りたいのー?」

「は?」

「なんや跡部素直やないなぁ?ならこっち来ぃや!」

「言っとくがお前らかなり面倒くせぇぞ」



あれ、違ったみたいー。景くんはかなり呆れた様子で歩み寄ってくるなり、もう一度私達を交互に見て軽く溜息を吐いた。むー、そんなに呆れなくてもー。

なんていう不満は置いといて、景くんはなんの用があって来たのかな?目でそう訴えると、景くんはユウくんに向かって口を開いた。



「一氏、先生が呼んでいた。至急行ってこい」

「ほんま?わざわざすまん、おおきに!えみかもまた後でな!」

「うん、行ってらっしゃいー」



どうやら景くんの用事はお父さんからの伝言だったみたいで、ユウくんの背中を見送るなり次は私に視線を注いできた。…状況が状況だし必然的にそうなるのはわかるけど、なななんでこんなに見られちゃってるのかな?にらめっこ?これにらめっこ?



「…むんっ!」

「ブフッ」



わー、やったー勝ったー!ちょっとだけ変顔してみたら景くん思いっきり吹き出した!あれ、でもこれってもしかしなくても結構失礼なことされてる?ま、気にしなくていっかぁ。

それから景くんは少しの間俯きながら肩を震わせて、収まったところで再び私に目を向けてきた。さっきより顔が優しい!



「ほんとペットみたいだな、お前」

「へ?ペット?」

「可愛いって意味だ」

「景くんにそんなこと言われたら照れる!」

「そういう馬鹿正直なとこも可愛いな。菓子食いたいか?」

「食べるっ!」



…さ、さすがに今のは自分でも単純すぎたかなと後悔。更に笑いを深めた景くんに頭をわしゃわしゃと撫でられて、ちょっと複雑な気持ちになる。



「ほら、じゃあ行くぞ」

「うんっ」



本当は私が皆さんに食べ物を提供する側なのになぁ、私がもらっちゃっていいのかなぁ。景くんも心なしか上機嫌な感じするから、これはこれでいいのかもしれないけどー。



「前見てねぇと転ぶぞ」

「うわっ!?」

「早速か」



それから景くんはこんな私を見かねて、しっかり私の腕を掴んで歩いてくれました。何はともあれ、ありがとう景くん!大好きだよー!
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