恋かもしれない

先生に資料室に置いてこいと言われ渡されたこの資料の山を見て、人使い荒いなぁとつい愚痴が出る。漫画みたいに顔が隠れるほど、ってわけではないけど、それでも女子に持たせる量でもない。そんな不満を募らせながら廊下を歩く事数分後、やっとの思いで資料室に着いた。



「(うわぁ、めっちゃ奥じゃん)」



先生には水色の箱の横に置いておけと頼まれたのだけれど、視界に入ったそれはだいぶ奥にあって、辿り着いた事で若干緩和されていた疲れがまたどっと押し寄せてきた。それでも置かない事には終わらないから、よいしょ、と資料を軽く持ち直してそこに行った訳だけど。



「…おぉ」

「あ、こんにちは」



いざ箱の前に来ると、ちょうど入口からは死角になって見えなかった場所に。いつだか鳳君と音楽室にいた時に入ってきた、宍戸君?だったかな?彼がいた。



「お前も資料運び頼まれたのか?」

「うん、そうなの」



会話はそこで終わり、少し気まずい沈黙が流れる。共通の話題はあるにはあるけどそんな気さくに話しかけるほど仲が良い訳でもないから、きっと宍戸君も困ってるだろうな。そこまで考えて私はここは早く仕事を済ませようという結論に至り、しばらく重い物を持っていたせいで腕が痺れているにも関わらずテキパキと作業に取り掛かった。



「───……?」

「ん?入り口からなんか聞こえんな」



しかし、その時だった。ピシャン、とドアが閉まる音がして、その後にガチャ、という音が響く。



「…ガチャ?」



思わず2人で目を見合わせ、もう一度ドアに視線を送る。

凄く凄く、嫌な予感がする。



「なぁ」

「…はい」



宍戸君も私と同じ事を思っているのか、低い声色で話しかけて来た。



「鍵当番って事務のボケたおっさんだよな?」

「はい。平井さんです」

「今聞こえたのって平井の声と、」

「鍵を閉める音ですね」



宍戸君がすぐに参った、という表情になったのを見て、どうやら私の聞き間違えでは無かったらしい事が確認された。出来る事ならそうであってほしかったんだけど、彼の反応から見てやっぱり間違いないようだ。神頼みする勢いでドアを引っ張ってみるものの、私達を嘲笑っているかのようにビクともしない。



「…どうしましょう」

「…どうしようもねぇな」



午後4時過ぎ、資料室に閉じ込められました。



***



ありえねぇ。そんな思いだけが心中を疼く。

教師に無理矢理運ばされた資料を置きに来たら鍵をかけられて、しかも朝倉と2人きりになっちまって、ぶっちゃけ気まずいことこの上無い。俺はアイツらと違ってコイツが好きな訳じゃねぇし、ゆえにただ早く此処から出たいっつー感情しか生まれて来ない。



「オイ、携帯持ってるか?」

「すみません教室にあります」

「だよなー…」

「あっ!窓からとか」

「ここ何階かわかってんのか?」

「…3階ですね」



一通り出来そうな事を確認してみるものの全部不発で、どうしたものかと頭を抱える。すると朝倉もどうしましょうねぇ、と同じ事を言って頭を捻らせたので、俺はとりあえず気になっていた事を口に出した。



「お前敬語やめろよ。慣れねぇ」

「あ、うん。敬語がクセになりかけてるから気をつけるね」



それと共にこの前も見た笑顔を向けられて、やっぱりあの時綺麗だと思ったのは見間違えでは無かったのだと何故かこの状況で確信する。すると朝倉は不思議そうに俺の顔を覗き込んできたから、心の内がバレる前に慌てて平然を装った。無駄な事考えるなー考えるなー。



「何か悩み事?」

「いや違う、俺は惚れな」



い、という一文字は口に出さずに済んだが、そこまで言えばもうバレたも当然だ。成す術も無く片手で顔を覆えば朝倉はきょとんとした後吹き出す始末だし、我ながら激ダサだと痛感する。何やってんだマジで。



「面白いね、宍戸君」

「うるせぇーよ」

「恋の悩み?誰かと好きな人かぶったとか?」

「いねぇよンなもん!」



たったの笑顔1つで引っかかるなんて漫画じゃねぇんだし、あり得るかっつーの。むしろ今時じゃ漫画でもあり得ねぇだろ。だから俺は朝倉の言葉に吐き捨てるように返答した。



「んー、なんか色々あるみたいだけど、自分の気持ちには正直にならないと勿体無いよ」



そう言ってまた笑顔で俺の方を向いてきた朝倉に、他人事だと思いやがって、と八つ当たりするくらいは許して欲しい。
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