どこまでって、それは、まあ。
うん……適度には?



沈黙の世界




冬休みの過ごし方がどうとか、受験生の過ごし方がどうとか、校長のありがたいお話とか。空気の冷えきった体育館で小一時間過ごして、二学期終業式もようやっと終わった。「ほなまた1月にー」と、担任の解散の声で散っていくクラスメイト達。

いつも通り、苗字と図書室に向かう。時々、休憩がてらにちょっとした会話を挟みつつも5時間程没頭して勉強した。……いや、没頭しとったのは苗字だけやな。俺は集中してへんかった。

このまま今日別れてしまえば、次に会えるのは始業式の日になる。そんなん嫌や。何かしら理由をつけて会いたい。
「冬休み中も英語教えたる」とか、どうやろうと思ったけど……苗字にはもう英語の先生は必要無い。ほんまによう伸びた。あとは問題の量をこなすだけや。
ほな、「クリスマスは暇?」 ……受験生やし、て断られるやろうか。先約が入っとるかも。苗字は今は誰とも付き合ってへんはずやし、クリスマスに先約があるとしたら、佐々木あたりか。

どないしようと悶々としていると苗字が席を立った。顔を上げると目が合う。苗字は「教室に辞書忘れた」と小声で言って図書室を出て行った。

もうあと30分程で下校時間や。そう思って図書室の時計を見たのが30分前。あれから、苗字が帰って来おへん。退室してくださいっちゅう図書委員の声に、自分の荷物と苗字の荷物を持って出た。あいつ何やっとんのや。また千歳にでもからまれてんのやろか。


3年の教室が並ぶ廊下に来ると、うちのクラスの前に座り込む謙也がおった。

「何やっとるん」

声をかけた瞬間、謙也に腕を掴まれて引っ張られ、隠れるようにして廊下にしゃがんで並ぶ。

「しっ!」
「なんやねん」

謙也が口の動きと息だけで喋るから、俺も合わせてそうする。音を殺すと聞こえてくるのは、苗字と佐々木の声やった。

――どこまでって、それは、まあ。うん……適度には?
――適度にって何やのー。

「何の話?」

横を見ると、少し顔を赤らめた謙也。なんやねん気持ち悪い。そう言うたると今度はムッとして、でもやっぱりまた顔を赤くしてこう言った。

「前に名前が付き合っとった奴と、その……、どこまでしたか、っちゅー話」

どう反応すればええか、分からん。胸を圧迫する不快感に、天井へ視線を逃した。名前のこういう話になると、なんや変な感じがする。そう続ける謙也に、極力自然な声で返事をした。

「苗字のこと、時々ほんまに同性やと思ってるやろ。やから苗字が女の子やって認識すると、戸惑うんやんな」

謙也が頷く。素直やなぁ。
苗字やって同じや。俺らのことを男だとは思っとらん。友達として付き合ってきた今まではそれでも良かったけど、これからは、男やと思ってほしい。取り敢えずそこからのスタートやなあ。先は長いわ。



――最後まで?

……あ、胸が痛い。

――晴奈さん、そんな事聞いてどうするの。
――興味本位や。で? 最後まで?
――もー。ちゅーまでしかしてないよ。


……そうなんや。なんとなく安心した気持ちと、それでもやっぱり胸がじくじく痛いのとで、やってられない。目を閉じた。勝手に脳内で流れる、苗字と誰かがキスしとる映像。


「あんたら、何やっとるん」

教室の中から壁一枚を隔てて聞こえていた佐々木の声が、突然すぐ近くで発せられた。びっくりしたわ。謙也は必死で弁解を始める。鞄を取りに来たけど入りにくかった、だからここで待っていた、と。謙也、何の誤魔化しにもなってへんで。

佐々木の後ろから顔を出した苗字。俺を見て、しまった、そんな顔をした。

「白石ごめん! 忘れてた!」
「ええやん名前。この二人、盗み聞きしてたんやから。お互い様や」
「……そうだね」
「名前ー! そんな睨まんといてー!」
「聞くなら入ってきなさいよー」

苗字が謙也のつま先を踏み潰す。「何で俺だけ!?」 謙也がぎゃんぎゃん吠える。小学生やな。

いつ仲裁に入ろうかと二人を見とると、何を企んどるか知らんけどなぁ、と横から佐々木が低い声で言った。
同じクラスで共通の友人を持つ割に、俺はこの子とほとんど話したことがない。やって、明らかに「私あなたが苦手です」みたいなオーラやし。小学校は同じやねんけどな。そこんところについて苗字に聞いたことがある。曰く、佐々木は爽やかな男が苦手らしい。俺のどこが爽やかやねん。

佐々木は、ざまーみろ。そんな顔で。

「あの子、明日から塾の勉強合宿やで。27日まで」




女の勘ってやつやろか。
謙也、佐々木と別れて苗字と帰る道すがら、何でバレたんやろうと考える。やっぱり女の人って怖い。佐々木も。うちの女性陣も。

隣でほう、と白くけぶる息を出すこの子には、女の勘は働かないんやろうか。白石って私のこと好きなの?って。そう思ってくれたら嬉しいような、困るような。

「さむいねー」
「そやなぁ。合宿、あったかくして行きぃや」
「ん? 私、合宿のこと言ったっけ?」
「佐々木から聞いたで。頑張るなぁ」
「ふはは。年明けの実力テストは私が上かもね!」
「お。負けへんで」

笑い声が外気に触れて消える。つんと張る空気。やけに静かだと思った時、雪が降り始めた。

苗字が足をとめて空を見上げる。俺はその一歩先から、嬉しそうな彼女の顔を見た。初雪に輝く瞳。
それもつかの間、苗字が前を向く。目が合うと、今度は困ったように笑った。

「しばらく会えないねぇ」

そしてまた歩き出す。俺に不意打ちを食らわせておいて、勝手に進んでいく。置いてくよーと彼女が言うから、慌てて追いかけながら、初詣行かへん? そう、勢いだけで言ってみた。

「初詣」
「あかん?」
「ううん。行こう行こう」

にっと笑う彼女の赤い鼻。赤い頬。

来年の冬には、何の理由も無くそれに触れられたらええなぁと思いながら。その日を夢見て。次に苗字と会う日には、神様でも仏様でも、誰でもええから。どうか叶えてください、今日のこの痛みを消してくださいと、お願いしよう。


2012/03/22


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