氷帝学園はどの教室も、空き教室でさえも冷房完備だったのに。この学校ときたら冷房があるのは校長室と職員室、音楽室と保健室くらいなものだ。転入前からそれを知っていたらどうにかして氷帝に残っていたのになあ。
水色の午後
はじめて過ごす大阪の夏。
窓から容赦なく注ぐ日光にやる気や元気は全て削ぎ落とされて、私は机に突っ伏している。下敷きをうちわ代わりにして扇ぐのも億劫だ。お昼ご飯を食べる気にもなれない。
けれど周りの人は、そうでもないみたい。賑やかなお昼休み。「食堂行くー?」「こっちで食べよー」そんな声が飛び交っている。はあ、大阪の人は元気だなぁ。
「ん」
ことん、と私の机の上に何かが置かれた。
顔を上げてみると、目の前にはポカリのペットボトル。さらに顔を上げると、前の席の白石が椅子ごとこちらへ向いていた。
「せめて何か飲まんと」
室内でも熱中症になるんやで。そう言いながら自分の下敷きで私を扇いでくれる。そよそよ、汗をかいている額に触れる風がとても気持ちいい。
「ありがとう」
「ん」
白石が買ってきてくれたポカリのキャップを開け、一口液体をふくむ。白石はそれを確認するように見ていた。まだ、扇いでくれている。
この人は世話焼きで、心配性だ。お母さんみたい。
昼食をとるために下敷きを置いて、白石は私の机にお弁当をひろげた。美しく盛り付けられたお弁当はとても美味しそう。
そうだ、私はこのお弁当を食べたことがある。ふと思い出す。あれは転入初日のことだ。
始業式の日から昼食がいると思っていなかった私は、昼食の準備をしていなかった。前に通っていた氷帝では始業式の後に一時間ばかりホームルームがあるだけで、午前中に解散だったのだ。それに、お昼を挟むなんて連絡を四天宝寺からもらわなかった。確認しなかった私も私だけど、教えてほしかったなあと項垂れる。
そんなわけで昼食が無い。慌てて購買に向かったけれど、途中で迷ってしまって、購買に着いた時には陳列棚に何も置いていなかった。諦めてパックのお茶だけを買い、とぼとぼ教室に戻る。
転入早々、何をやっているんだろう。
窓際の一番後ろの席に座って、小さくため息をつく。転校したくてしたんじゃない。親の仕事の都合で、仕方なかったんだ。だけど、新しい土地で新しい人に出会うことへの期待はあったし、転校が嫌だとは思っていなかった。もちろん、友人との別れはとてもとても寂しかったけれど。
皆は元気でやっているだろうか。
別れてから大して日は経っていないのにもう懐かしい。氷帝の窓から見える景色と、ここの窓から見える景色は随分違う。……私はここに馴染めるかな。
そんなことを考えていると、
「苗字さん、昼ご飯食べへんの?」
突然前から声をかけられた。
弾かれるようにそちらを見れば、前の席の男の子が体を半分こちらに向けて私を見ている。彼、白石くんは、とても整った顔の所謂イケメンだ。先生に案内されてこの席についた時、彼は律儀に手を差し出して、「よろしゅうな」と言ってくれた。前の学校の友人のお陰で、イケメンは曲者の可能性大だなんて思っていたけれど、白石くんは違うのかもしれない……そう思いながら握手に応えたのは今朝のこと。
「や、今日お昼ご飯いるって知らなくて、購買行っても何も無かったから。だからお茶だけ」
自分としては可愛くキマッていると思う笑い方は、他の人から見れば「たはー」というような音がつく程間抜けだそうだ。おかしいなあ。
だから多分、白石くんがくすくす笑ったのは、私の間抜けな笑い方のせいだと思う。
「ほな、これやるわ」
そう言って白石くんが私の机に置いたのは、食べかけだけれど、とても美味しそうなお弁当だった。
「こら、苗字。無視か」
「ん? なに、ごめん。聞いてなかった」
すっかり汗をかいたポカリの底を、ぐりぐりと額に押し付けられた。
氷帝の皆、ここでの生活もなかなか楽しいよ。
2012/02/24
雨花
雨花