「なんだい晴奈さん」
「あなた、ちょっと太ったね?」
夢のおなか
いつもの昼休み、いつも通り苗字の机を謙也と囲んでの昼ご飯。あっという間に食べ終えた謙也に続いて食べる手を止めた苗字やけど、しまい込んだ弁当箱にはまだ中身が残っとった。苗字がいつも楽しみにしとるデザートも出て来ない。腹でも痛いんか?
「今日はデザートないん?」
「あ、うん。まあ」
謙也の問いかけに苗字が言葉を濁す。
「どうしたん、調子悪いんか?」
なんや今日は元気ないなと思ってそう聞くと「ありがとう、でも大丈夫だから」と言いながら俯いた。全然大丈夫とちゃうやんか。
「名前?」
「ほんまにどうしたん?」
下を向いてしょぼんとしとる苗字を謙也が指でちょいちょい突っつく。
促されて、苗字は「あー」だの「うー」だの言うとる。調子が悪いわけやないみたいで、ひとまず安心や。
「や、あの」
おう。
「……晴奈にね、太ったって言われたの……」
この世の終わりのような顔をして、そんな、しょーもないことを。……と本人に言うと怒られそうやから、言わんとこ。
「は? どこが?」
「太ってない? そう見える? わたし大丈夫?」
「すまん、お前んことマジマジと見たことあらへんから全然分からん」
「白石。明日からは二人でご飯食べようか」
「えっ」
「俺は構わんで」
「ちょっ」
謙也はさておき、言われてみれば確かに、春よりは少し顔がふっくらしとるような気がする。でも「太った」なんて言う程やない。
俺の視線に気付いた苗字が白石はどう思う?と聞いてくるから、思ったままを言った。十分痩せとる。それもちゃんと伝えたのに、「顔が……ふっくら……」と打ちひしがれてしまった。女子って痩せた太ったっちゅーことに過敏やなぁ。
「まーまー。ええやん、ちょっとくらい太ったって。俺、言われてもわからんし」
謙也が苗字の肩を叩いてからから笑う。
「っちゅーか、名前は3月までバスケ部やったんやろ? 運動やめたのに甘いもんは変わらず食べとるんやから、そら太るで」
謙也のもっともな言葉に苗字が顔を上げた。たまにはええこと言うやん。
「なんやねんその顔は」
「いや、珍しく的確なことを言うなぁと」
「お前失礼なやつやな!」
「謙也に言われたくないわ!」
「いだっ」
苗字が謙也の右足の小指を踏み潰す。
こいつらほんま、仲良しやなあ。
それから二週間、苗字が甘いもんを食べとるところを見んかった。昼ご飯の後のデザートだけやなく、誰かにお菓子を差し出されても受け取らん。
謙也からその話を聞いた財前は毎日昼休みにうちのクラスに来て、苗字の前で甘いもんを食べて帰っていくのを日課にしとった。ほんまええ性格しとる。
「名前先輩、食べます?」
「……いらない」
「残念やなぁ、これめっちゃ美味しいのに」
「い ら な い」
財前、楽しそうやな。
苗字は物凄く悔しそうに、でも羨ましそうに財前を見とる。その顔はすっかり痩せていて……というか、心なしかやつれていて。もうダイエットの必要は無いんやないかと言ったんやけど、目標はあとマイナス2キロらしい。この調子で行くと体を壊してしまいそうや。
苗字の様子がひどくなる前に止めてやらんと、と思っていたところに、その時は突然やってきた。掃除時間のことや。
「ねぇねぇ名前さん」
「なんだい晴奈さん」
「あなた、バスト減った?」
以来苗字は「太る!!」と躍起になった。
女子って大変や。
2012/03/09
雨花
雨花