白石くん、明日ひま?
よかったら一緒に夏祭り行かへん?


差出人の名前を見て思わず溜め息が出る。見覚えのあるような……無いような。クラスメイトやない。よそのクラスの、大して話したこともない女の子。同じようなメールが他の子からも来とる。
俺、この子らとアドレス交換したっけ。



真夏の超絶技巧





「白石のそういうとこ、ほんまウザい!」
「いや、ほんまに覚え無いんやて」

昨日のメールの話をしながらウェアを脱ぐ。早々に着替えを済ませた謙也は部室の安っぽいパイプ椅子に座って、顔をしかめた。
いつか刺されるで。俺に。謙也のその言葉に鼻で笑ったのは俺やなくて、

「負け惜しみとか。しょーもな」

俺の横でゆっくり着替える、財前や。

「なんやと!」
「で、行くんすか」
「無視!?」
「行くわけないやん」
「あーほんま白石は嫌な奴やなー!」
「財前は誰かと行くんか?」
「まあ、一応」
「え。ほんまに?」
「お願いやから無視せんといてください」
「謙也うるさい」
「ごめんなさい」

少し声のトーンを落として一言言うだけで謙也は大人しくなった。着替え終えて荷物を整える。意外やなぁ。財前は祭りに積極的に足を運ぶようには到底見えへんし、好きでもない女の子に誘われたところで、バッサリ断りそうやのに。
さては、好きな子に誘われたんか。そう聞いてみると、嫌そうな顔をされた。

「誰や誰や」
「お兄さん達に言うてみ」
「先輩らほんまうざい」

眉根を寄せる財前に構わず、謙也と一緒になって問い詰める。観念したらしい財前は、名前先輩ですけど。そう言った。

「は?」
「え?」

なんて?

「苗字?」
「なんで?」
「あの人に誘われたんで」

ようやく着替え終えた財前が荷物を持って部室を去ろうとする。その肩を、右から謙也、左から俺が同じタイミングで掴んで引き止める。俺らも伊達に三年間クラスメイトしてへんし、財前やって、俺らの後輩になって約一年四ヶ月。わかるやろ。なぁ?




待ち合わせはそれから二時間後。一度帰宅して風呂に入って汗を流したのに、外に出ればそんな事は関係なくじわじわ蒸される体。それでもこれからのことを考えて口角が上がるのは、俺がまだまだ子どもやっちゅうことやろか。それとも日本人は皆そうなんやろか。待ち合わせ場所に向かう道すがら、祭りに行くと思われる人らは揃いも揃って楽しそうで。それを見て更に自分も楽しくなる。

それなのに、待ち合わせ場所に来た苗字は俺と謙也を見て愕然とした。すんません捕まりましたと言う財前には苦笑で応えるのに、俺らには鬼の形相をして見せる。財前だけやけに扱いええやん?

「名前って財前狙っとるん?」
「え!? そうなん!?」
「ほんまですか。すんません気付かへんで」
「違うわ! 散って!」
「嫌や」
「嫌や」
「三の二うざい!」
「あんたも三の二やんか」

そうだったと、苗字がふっと笑う。
その笑みに、一緒に祭りに行くんを許されたんやと都合良く解釈して、賑やかな空気の方へと歩き出す。並んで歩く俺と謙也の後ろでコソコソと話をする財前・苗字。俺が振り向けば、苗字が不自然ににこりと笑って誤魔化そうとする。怪しい。

「お前らおっそいねん! 祭りは待ってくれへんでー!」

完全に浮かれている謙也は、祭りが近付くにつれて歩みを早めた。終いには一人で喧騒に突っ込んで、姿が見えなくなってしまう。あのアホ。小学生か。
仕方ない、後でメールしようと思って後ろを見ると、思いの外二人は自分に近いところ――真後ろにおった。前を向いて歩く財前はしっかり立ち止まる。後方を見て歩く苗字は、俺にぶつかる。

「こら。前見て歩きなさい」
「ごめんごめん」

言いながら、苗字の視線は後方一点に固定されとる。その視線の先には、建ち並ぶ屋台。どれや。

「たこ焼きか? かき氷か? 焼き鳥か?」
「……や、いいです」
「何で遠慮すんねん」

言いにくそうに渋い顔をする苗字。その横で、財前が俺を見て言った。俺、スーパーボールすくいがしたいんすけど、と。
その声に苗字が弾かれたように財前を見た。驚き半分、輝き半分の苗字の瞳。あぁ、そういうことかと合点が行く。


三人で向かったその屋台には小さい子が群がって、小さいプールに浮かぶ好みの色のスーパーボールをすくおうと奮闘しとる。中にはオトンと一緒に頑張っとる子もおって、なんとも微笑ましい。
その輪の中に入る苗字を見て、財前が小さく笑った。

「お前、男前やなぁ」
「男に言われても嬉しないです」

おじさん、一回ね! 財布から三百円を出して、紙付きのすくい枠と受け皿をおっちゃんから受け取る彼女。これ以上ないくらいの苗字の鮮やかな笑顔を向けられたおっちゃんはデレッデレや。苗字にやったら一回くらいタダでやらせてくれるんちゃうか。
そう思ったところで、後ろから謙也に話しかけられる。

「どこ行ってたん? 探したわー」
「それはこっちの台詞や」

たこ焼きとりんご飴を持つ謙也。俺らの足元にしゃがみこんで既に臨戦態勢に入っている苗字に、謙也がたこ焼きを一つ差し出した。苗字はそれを口に含んでモゴモゴ「ありがと」と言うと、それっきりこちらを向かなかった。

珍しく真剣な横顔が見えたかと思えば、苗字は一度に6つをすくい、受け皿に移す。

一瞬の事だった。
店のおっちゃんも、周りの子どもも見ていない。俺ら三人だけが見て、俺ら三人だけが驚いた。
当の本人ははしゃぐ様子も無く手を動かす。すいすい。完璧や。無駄が無い。
徐々に紙の濡れた面積が大きくなると、一度にすくうスーパーボールが3つになる。それでも手は止まらへん。

気付いたおっちゃんが見るからに焦り出す。お姉ちゃん勘弁してぇなーと冗談ぽく言うて、本気の苦笑い。周りの子どもらも、ぽかんとして苗字の動きを見とる。

受け皿が色とりどりのスーパーボールで山盛りになった頃、ようやく苗字が静止した。紙はまだ三分の一ほど引っ付いとるけど、おっちゃんは今すぐ止めてほしそうや。

「おじさん、受け皿もう一つ!」

にこにこしてそう言う苗字が、おっちゃんには鬼に見えたことやろう。


彼女が完全に手を止めたのは、三つ目の受け皿がほぼ満杯になった時。紙が取れても枠ですくい続ける苗字をおっちゃんが止めた。止められた苗字は勝ち誇った顔をして、全部はいらない、三つもらうね。そう言いながら三色を選び、手に握る。

「また来てやー……」

おっちゃんが疲れ果てた声で苗字を見送った。

苗字が満足気に振り返る。俺らを見て、その存在を思い出したように目をまんまるくし、たちまち顔を赤くした。

中学三年にもなる女の子がスーパーボールすくいに夢中なんて恥ずかしい。苗字はそう思っとるらしい。でも好きなものは好きやし、したい。でも一人で祭りに行くのは寂しい。そこで誰かを誘うと決めて、財前に声をかけた……ちゅうところか。

なんで財前やねん。そう言いそうになるのを堪える。耳まで赤くなってさっきから一言も喋らへん苗字に言ったところで、返事は無いに違いない。
せやけどでっかい声で苗字の職人芸を褒める謙也には、彼女が恥ずかしがっとるのなんて関係ないらしい。無邪気ないじめや。その何も詰まってなさそうな頭を、財前が思い切りひっぱたいた。


恐ろしく積極的に声をかけてくる女の人らに何度も足止めを食らいながら、もっと奥に進む。時々誰かが何かを買いながら。
メジャーな屋台は一つの通りにいくつも見つけられた。スーパーボールすくい、更には金魚すくいと水風船すくいの看板を見ては、ちらっと財前を見る苗字。
きっと財前は言うんやろう。あれがしたいんすけど、と。

「部長」

ほら、やっぱり呼び止める。
小さい兄妹を連れている気分になって笑みが漏れる。今日の財前は、ほんまに男前やなぁ。


2012/03/26


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