私を取り巻く全てを振りほどいて、
ずっと一緒にいられたなら。




三千世界の鴉を殺し





ちちち、と鳴く鳥の声で意識が浮上した。

ぼやぼやと目を開けると、間近にある、蔵ノ介の顔。
すやすや眠る彼は、起きている時とは違って、幼く見える。……22歳になった彼に、幼いなんて言葉を使えば、嫌がられるかもしれないけど。かわいいなぁと思ってしまうのだから仕方ない。
だけど、私の腰にまわされた腕は、無駄なく鍛えられた男の人のもの。その腕に抱き寄せられて密着している体は、色っぽ過ぎる、男の人の体。幼くも、かわいくもない。


――名前。愛してる。

じっと見ていると、思い出してしまう。
昨晩、何度も囁かれた、私の名前。甘い声。かっと顔が熱くなる。

四月十四日の朝。カーテンの隙間から見える外の明るさからして、五時半頃だろうか。
いい天気だ。



昨日、講義を終えてすぐに、駅まで走った。
電車に乗って、新幹線に乗り換えて。久しぶりに帰ってきた大阪。ホームで待っていてくれた蔵ノ介。
彼が破顔して抱きしめてくれるものだから、思わず涙が込み上げる。蔵ノ介は蔵ノ介で、ぼろぼろ泣き出す私の顔を見て、涙目になるし。
そんなの反則だ。余計に泣いてしまう。


顔を見るのは、半年ぶりだった。
今まで3ヶ月や4ヶ月は空いたことがあるけれど、半年も会わないのなんて初めてのこと。
大学生になって最初の一年は、少なくとも一ヶ月に一度は会っていた。あの頃はそれでも足りなかったのだけど、学年が上がるほど忙しくなって。一ヶ月に一度会えていたあの頃はそれでも幸せだったのだと思い知る。
今日だってあと三時間もすれば、私はこの腕の中から出ていかなければいけない。私も、蔵ノ介も、午後にはどうしても休めない講義がある。


今、どれだけ見つめても。
どれだけ満ち足りた気持ちになっても。
夜ひとりで自分の部屋のベッドに入る頃には、私はぐずぐず泣いて、寂しがるんだ。



「くらのすけ」

起きてほしい。
だけど、まだ寝かせてあげたい。
半分ずつの気持ちで、小さく小さく名前を呼んだ。蔵ノ介は「……ん、」と掠れた声をこぼして、でも、起きない。

毎日顔を合わせて、馬鹿なことをして笑って、一緒に色んな所に行って。お互いの誕生日にはそれこそ一日中くっついて。……そんな日々は、終わってしまった。
それを寂しいと言って泣くなんて、自分勝手だ。大阪から出たのは他でもない、私。

だから。
寂しいなんて言わない。
……でも、自分ではどうにも出来ないから、涙が出るのは許してね。


「蔵ノ介、……誕生日、おめでとう」

今も十分近い顔を更に近づけて、蔵ノ介の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
すると、腰にまわっていた腕に力が入って。既に密着していたのに引き寄せられたものだから、蔵ノ介の腕と身体の間で、私は潰れそうになる。そっと重ねたつもりの唇も、がぶり。食べられた。

起きてたのか……。
恥ずかしい事を口走らなくてよかったと、頭の隅で思った。


「名前、」

少し唇を放して、蔵ノ介が、掠れた低い声で名前を呼ぶ。寝起きの声だけど、目はしっかりと私を見ていた。
至近距離でじっと見つめられて、そんな声で呼ばれたら、もう、どうにかなってしまう。恥ずかしい言葉も、今なら、言えそうだ。


「好きや」
「うん、」
「愛しとるよ」
「……うん、私もだよ。だいすきだよ」

だから、たくさんキスしてよ。
そう言うと、「勿論や」と言ってはにかんで。また唇が触れ合う。


夜が明けなければいいなんて思っても、もう遅い。朝は始まった。
けれど、彼の誕生日の朝だから。叶うなら、少しだけ時間を止めて。少しだけ、この幸せな時間を、延ばしてほしい。




2012/04/14
三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい

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