付き合って、一年と少し。 彼は照れ屋だ。
メランコリック・パレード
まず、私の顔を真っ直ぐ見られない。人前で手を繋ぐことも出来ない。二人きりになって手を繋いでも、どぎまぎして、視線をうろうろさせる。抱きしめてくれても、恥ずかしがって、すぐ体を離す。 そしてキスをするのに、30分のタメが要る。
初めは可愛い人だなぁと思った。あれだけモテるのに、触れ合う事にいつまでも慣れなくて、初々しくて。 けれど次第に、苛々した。言い寄ってくる女の子達にはきちんと目を合わせて対応するのに。一年も付き合っている私と見つめ合えないなんて、どうなってるの。
そして今。 苛立ちが巡り巡って、悲しみに変わった。
蔵ノ介の、テニスボールを追う、まっすぐな目。 中学三年生の時、友達に無理やり連れて行かれたテニス部の地区大会の試合で彼のその目を見て、好きになった。一目惚れというやつだ。 それまで「一目惚れなんてありえない」と思っていたのに、私はいとも簡単に、恋に落ちてしまった。 だけど中学は違うし、何の接点も無い。私が一方的に知っているだけ。オマケに彼はたくさんのファンを抱えていて、私はそのうちの一人に過ぎない。
これは叶わない恋だ。 一目惚れをして早々、私はそう思った。そのうち違う人を好きになって、彼のことは忘れるんだろうなぁ、と。
けれども、高校の入学式で彼を見つけて。神様は私に味方してくれたと、比喩ではなく、飛び上がって喜んだ。 彼は逆ナンしてくる女の子が苦手だという情報は得ていたから、極々自然に近寄ろう。クラスが違うし、時間はかかりそうだけど、仕方ない。……そう思ったのだけど。 意外にも、彼の方からコンタクトを取ってきた。まあ、詳しく言うなれば、コンタクトを取ってきたのは忍足くんで、忍足くんが彼を紹介してくれたのだけど。
話したこともない忍足くんが、話したこともない蔵ノ介を、何故、紹介しに来たのか。 私は鈍くはない。というか、その時の蔵ノ介の顔を見れば、いやでも分かる。
「俺、白石蔵ノ介いいます」
そう言って顔を赤くする彼は、何故か私のことが好きだったのだ。
それからの発展は早かった。お互い好きなのだし、トントン拍子だ。 少しの友達期間を経て、夏の大会のあと。好きだと言ってくれた。あの時ばかりは照れ屋の彼も、しっかり私の目を見てくれた。
なのに。
「白石くん、指きれー」 「ええなぁ、細いなぁ」 「わたし手相見れるんよ。見てあげる!」
今日のお昼休みの事を思い出して、深い深い溜め息が出た。11月の夜風が頬にも心にも刺さって、痛い。すぐ横に蔵ノ介はいるのに、勿論手は繋がれていない。
いいじゃん。 確かに下校中の人は周りにいるけど、こんなに暗いんだし、手、繋いでくれたっていいじゃん。
「どうしたん?」 「どうもしませんー」 「なに怒っとるん?」 「怒ってませんー」
ばか。怒ってないよ。ただ、悲しいんだよ。
なんで簡単に手のひら見せるの。 なんでにこにこするの。 なんであの子達の目は見るの。 ねえ。
私は、ねえ、と蔵ノ介に呼びかけた。蔵ノ介の肩に手をかけてこちらを向かせて、それから。 背伸びをして口を塞いでやった。初めて、自分から。蔵ノ介はものすごく驚いたようだけど、知らない。
考えてみれば、そうなのだ。 たとえこの男が照れ屋だろうと、私が遠慮する必要はない。蔵ノ介がこっちを見ないなら、顔を両手で固定して、じっと見つめてやればいい。
「なっ、急に、なにすん、」
唇を離すと、蔵ノ介は、ほとんど泣きそうな顔で。夜道でも分かるくらい茹で上がっていて。 そんな顔をされると、たまらなくなる。 沸き立つ欲に従って、もう一度キスをした。
「ちょっと」 「……」 「ねえ、ごめんってば」
さっき思ったまま、彼の顔を両手ではさんで、私の方へ向けて固定させた。それでも視線を他所へ逃して抵抗される。
「ごめんなんて思ってへんやろ……」 「だって。蔵ノ介のせいだよ」
全くもって蔵ノ介のせいだ。悲しいのも、焦れったいのも、いじめたくなるのも。
「見てよ」
私は見てるんだから。
「こっち見てよ」
私のノドから、熱のこもった声が出た。
「……わかった」
蔵ノ介は観念したように眉を下げて、ゆっくり、ゆっくり私へ目線を移す。
一秒、二秒、三秒、四…
「ちょ、む、無理っ……!」
……。
「なによそれ期待させてェェェ!」 「無理! 無理や!」 「なんで無理なのよー!」 「そっ、そんなん、名前がかわええからや! 直視できるわけないやろ!? 死んでまう……!」
……。
「なっ、」
この男、なに言ってくれてんの……!? 顔が熱い。火がついたよう。 そんな、恥ずかしくて、嬉しいことを言っておいて。なにが照れ屋だ。
私達はもう、お互いを見ることが出来ない。 見てしまったならば、きっと、もっと好きになってしまう。そうしたら。 今度は、蔵ノ介から、キスしてよ。
2012/04/06 ロレンシー |