謙也、近すぎ。
財前、ちょっかい出すな。
ユウジ、マネすんのやめぇや。
小春、何の話しとるん。
千歳、べたべたすな。
健二郎、なんで俺より頼られとんねん。
金ちゃん、抱きつくんなら包帯外すで。

銀、……なんでもないわ。ごめんなさい。




わらうのやめた





冷静で、穏やかで、何でも卒なくこなす?
そんな出来た人間やあらへん。

名前が男と話しとるとそこから連れ出したくなるし、誰かに触れられようものなら、そいつの腕をへし折りたくなる。
テニス部の奴らなら、まだええ。マネージャーの名前と部員が仲悪うても困るし、あいつらは信頼に足る奴らや。多少スキンシップが過ぎても我慢出来る。……腹立つけど。



「白石君。はい」

隣の席の女の子が、俺の机に置いた紙。
英語の小テスト。

この先生の授業は好きやない。毎回授業の最後に単語のテストがあって、それは別にええんやけど。隣と答案用紙を交換して採点し合う。それが嫌で嫌で仕方ない。大して仲良くもない女の子にペラペラ話しかけられるし、何より、名前が男に話しかけられる。
今も俺の視界の中に映る、名前とその隣の席の男。俺の目につくところで、なに名前に話しかけとんねん。

テニス部の奴らなら、ええねん。
それ以外は我慢ならん。

でも。


「すごいなぁ、苗字、いっつも答え全部合っとるやん」
「いつもじゃないよー」
「ほぼ毎回やん。英語でけへん俺からしたら、苗字ホンマすごいわ。神懸っとる」
「褒めすぎだって」
「んなことあらへん。なあ、ここなんやけど、」


でも、このドス黒い気持ちは言葉にしたくない。
名前に知られたくない。
そのためなら。淀みを胸に抱いていても、何でもないような顔を。完璧な俺を。



授業が終わって昼休みになると、あいつが名前の方に椅子を寄せて、名前が持っとる教科書を一緒に覗き込む。
お前、何やっとんねん。同じ教科書やろ。自分の見ぃや。名前。名前も、そない簡単に男に近寄らせたらあかんよ。
なあ。
ギリギリと胸を握りつぶされる。もう見てられん。
視線を外そうとした。その時。あいつが名前の肩に触れた。


「どうしたの?」

緩慢な動きで立ち上がった俺に、隣から尋ねられる。その声を無視して、名前のところへ行った。相変わらず距離の近い二人。
先に男の方が近寄る俺に気付いて、それまで忙しなく動いていた口を閉じる。それを不思議に思った名前が男の視線を追って、ようやっと俺に気付いた。遅いわ。

何かあったの、と目をぱちぱちさせる名前。その腕を掴んで、立ち上がらせる。そのまま教室から出た。
何かあったのって?
ああ、あったで。


人がほとんど近寄らん空き教室に入って、カーテンを閉めて中から鍵をかける。昼休みの喧騒は遠い。


「蔵ノ介くん?」

笑顔も見せず、余裕のない俺を、名前が不思議そうに見た。ごめんな。少し笑って見せると、不安そうな顔になる。
ごめん。もう一度そう言ってから名前を抱き寄せて、唇に噛み付いた。

いつもの「冷静で、穏やかで、何でも卒なくこなす」俺なら、名前のやわらかい唇をゆっくり味わって、大切に、壊れないように触れるけど。
そんな俺は、ついさっき、死んでしまった。
もう、にこにこして見てみぬ振りするなんて、無理や。


突然のことに驚いて逃げる名前の舌先を捕らえ、自分の舌を絡ませる。体を離そうとする名前に、腰と後頭部にまわした手に力を込めて一層強く引き寄せた。重なった唇の端から名前の吐息が漏れる。

こんな欲望にまみれた醜い姿を、名前に知られたくないと思った。知られて、もし名前に、鬱陶しいとか重いとか、言われたら?
怖い。考えたくもない。

その反面、名前に知って欲しいと思った。取り繕って格好つけとる俺やない、欲深い俺を、知って欲しい。受け入れてほしい。


「んん、…っ」

最後に舌を強く吸って、唇を舐めて、離した。


急に荒々しくキスをして、今更、名前の顔を見るのが怖くてしゃーない。だから、彼女の背をゆるく抱いて、肩に額をあてて俯いた。酸素を取り込もうとして、一度大きく名前の肩が上がる。

怖い。
名前。

「……蔵ノ介くん」

名前を呼ばれて、きつく目をとじた。
俺はどんだけ情けない男やねん。
もう、自分が嫌や。


「はじめてだね」

ぽつりと名前が言う。
あたたかい手で、子どもをあやす母親のように俺の背をさすって。小さく笑って。

「はじめて、カッコ悪いとこ、見せてくれた」

くすくす笑われて、ずんと気持ちが沈む。
やっぱり、余裕もなくて情けない男は嫌やった?

「嬉しいよ」


俺はその言葉に、のろのろと顔を上げた。
目が合うと、名前が優しく微笑む。
そしてもう一度言う。嬉しいよ、と。


「……俺な、」

今まで溜め込まれたもの達が、音になる。ほんまはずっと、嫌やった。名前が他の男と話すんも、近寄られるんも。名前が触られるんも。そいつが、名前の男友達でも、俺、嫌やねん。ずっと言いたくて、でも、こんなん言って名前に嫌われたらどないしようって思ったら、言えんかった。
するする出てくる言葉。名前はずっと俺の目を見つめて、うん、うん、と頷く。

俺はこの子の何を分かったつもりでいたんやろう。
こんなにあたたかく、大きな気持ちで受け止めてくれる彼女を、勝手に怖がって。それこそ、愛想を尽かされそうや。

「大丈夫だよ」

俺の不安を読み取ったかのようなタイミングで、名前が笑みを深くした。だから俺は、この上なく情けない顔を晒して、泣きそうになる。

「私、蔵ノ介くんが好きだよ。どんな蔵ノ介くんも、大好き。もっと知りたい。……今まで気付かなくて、いやな気持ちにさせてごめんね。蔵ノ介くん」


この子の笑みも、優しさも、全部。
俺のもんや。他の誰にも渡さへん。

そう思いながら、名前の頬に触れた。目から涙はこぼれない。代わりに心臓が、泣いていた。

ありがとう。好きやで。
そう言って、しくしく泣いていた。




2012/04/04
hazy

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