Long Love Letter 07





イルミネーションとクリスマスソングが溢れて賑わう街を横切って、私は約束の場所に向かっている。10年来の友達と会うのだ。


先月の終わり、お互いに独り身な友達と連絡を取り合ってクリスマスイブの夜を一緒に過ごす約束をした。
クリスマスイブは明日、金曜日。仕事終わりに私の家に集まって、こたつに入って鍋を囲み、お酒を飲む。そして朝まで語り明かして、適当な時間になったら寝て、24日はカラオケに乗り込む。そんなプランになっている。

この約束をしたら、クリスマスが過ぎるまで抜け駆けすることは許されない。
これは暗黙の了解だ。


なのに。



「ごめん!」

ゆきちゃんが裏切った。
手を顔の前で合わせて謝罪の言葉を言ってはいるけど、好きな人と結ばれた嬉しさが隠せていない。顔はにこにこしている。彼女の隣には彼氏さんがいて、その人を見れば、ゆきちゃんよりよっぽど申し訳なさそうにしていた。

「埋め合わせはいつかするよ」

とりあえずココは奢るね!
そう言って、私にメニューを渡してくれた。見ると、どれもいい値段のする鶏の料理。けれど今日は奢ってもらえるらしいので、タイミングを見てやって来た店員さんに遠慮なく注文した。ゆきちゃんがジト目で見てくる。知らない。

ゆきちゃんとは、関東の、同じ中学・高校に通った。転勤族の父親を持ち、慣れ親しんだ地方の小学校から関東の中学校――当時の私には恐ろしい場所のように思えた所――に飛び込まざるを得なかった私。教室で縮こまる私に、ゆきちゃんは、最初に声をかけてくれた。それから、私たちはずっと一緒だった。同じ人を好きになったり、小さなことで喧嘩がこじれては仲直りしたりと、多感な時期を一緒に過ごした。
私が関西の大学に進学したから離れてしまったけれど、就職先は私と同じく京都で。京都の大学の医学部に通う彼氏さんとは昨日ゴールインしたばかりだそう。……え、大学生?

「ほんとに? うそ、年下?」

見えない。むしろ年上に見える。
失礼を承知でそう言った私に、彼氏さんは眼鏡の奥でやんわりと笑った。
ふと、まだ彼氏さんの名前を知らないことに気付いて「ちゃんと紹介してよ」と息だけで喋ってゆきちゃんに訴える。すると彼氏さんが今度はくすくす笑う。

色っぽい人だなぁ。そう思って見ていると、ゆきちゃんがコホンと咳払いをした。


「えーと、彼氏の、忍足侑士くん」



……え?

たっぷり間をあけて、それだけ。
彼氏さん――忍足侑士くんは首を傾げた。

「どうしたんですか?」
「……あ、ごめんなさい。知り合いと同姓同名だったから……」



知り合い。そう言えるかどうかも怪しい、一度しか会ったことのない人。だけど私を支えてくれた人。二年前のことだけど今もはっきり覚えている。彼のおかげで私は、当時の彼氏と決別することが出来たのだ。
そしてその後好きになったのは、偶然にも同じ名字の人で。

……だけど、その人とは、越えられない壁があった。私はそれに耐えられなくて、何度も送られてくる葉書に見てみぬフリをした。
でも、一通も捨ててない。捨てることなんて出来ない。だって、まだ好きで。忘れたくても忘れられなくて。



一通り思い出して、なんだかおかしくなった。

「忍足」という名字は、私の人生に何か大きなものをもたらしてくれるのかもしれない。
ゆきちゃんの彼氏さんも、将来お医者さんになって、もしかしたら私の命を救ってくれるかも。なんて。



「その忍足侑士はどんな人やったんですか?」

運ばれてきたゆきちゃんの料理を受け取りながら、忍足くんはそう聞いてきた。
香ばしい炭火焼きの鶏のにおい。ゆきちゃんは先に食べ始めた。いいなぁ。

「えっと。彼も忍足くんと一緒で、関西弁だったよ。でも髪は短くて明るかったなぁ。金髪で……ちょっと傷んでて」

そう。朝のひかりに照らされてキラキラする髪は、ちょっと硬そうで。でもきれいに染まってたなぁ。
そう言い終えたところで、私と忍足くんの料理が運ばれてきた。なんて美味しそうな……!

早速食べよう。
手を合わせて「いただきます」と言おうとするのを、なあ、と忍足くんに遮られる。

「そいつ、ほんまに忍足侑士って名乗ったんですか?」
「うん」
「……それ、こいつやないですか?」

言いながら、忍足くんは自分の携帯電話を操作して、画面を私に見せた。そこにいたのは、ユニフォームらしいものを揃って着ている、彼とその仲間で。

ニカッと笑う彼に微笑ましくなる反面、この写真を忍足くんが持っていることにとても驚いた。

「そう、この人。忍足くんの知り合いなの?」
「俺の従兄弟です」

従兄弟? ふつう、従兄弟同士で同じ名前にするだろうか?

「……苗字さん。なんでこいつが忍足侑士って名乗ったんか知らんけど、こいつのほんまの名前は侑士やないですよ」


じゃあ、なんて名前なの?
ゆきちゃんがそう聞く。



忍足くんは、とても大切な秘密を言葉にするみたいに、ひっそり言った。


「忍足謙也」






「どこにいるの? いま、何してる?」

低くてかすれた、力のない声が出た。


こんなこと、なんで聞いてるんだろう。自分から絶ったのに。そう思うけど、私は、忍足くんの言葉に注意を傾けた。
同姓同名なんて、まして忍足なんて珍しい名字で。有り得ないんだ。だから目の前の忍足侑士くんの従兄弟は、きっと彼に違いない。


謙也くん。





「……もう、おらへん」


私の耳は、脳と繋がっていないのだろうか。彼が言っていることの意味がわからなかった。


「去年の9月末に、事故ってん。……あいつ、あっさり死んでもうた」



その言葉の意味もわからない。
なに? なんで?

わからない。わかりたくもない。





2012/03/07



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