Long Love Letter 06





また春が来て、夏になった。
名前さんから返事が来ないと落ち込み最悪な気分で迎えた2013年も、もう8月。季節は正しく巡る。

このままでおるのは嫌やった。
返事を待って、苦しい気持ちのままこれからずっと過ごすのかと思うと、堪えられん。あの頃のやり取りは、この気持ちは、夢の中のこと。ええ思い出。そう思えたら、俺は歩き出せる。そのために葉書を出すのをやめた。郵便受けを確認するのをやめた。
せやけど、忘れられんかった。


いつやったか、キャンパスの正門に立っとる名前さんを見かけたことがある。
名前さんは誰かを探しとるんか、キョロキョロ周りを見て。途端パッと笑って、背の高い男の所に走った。それから二人は手を繋いで、楽しそうに話しながらどこかへ行く。見たくないのに、二人の背中をじっと見てしまう。

名前さん。

心の中でそう呼んでも、名前さんが振り向くはずもない。つらくて、胸がつぶれそうや。でも、同じくらい、やっぱり好きやと思った。




期末試験が終わって夏休みに入ってから、俺はバイトに明け暮れた。去年から続けとる家庭教師と、短期のイベントスタッフと、夜は居酒屋。休みなく働いていれば、その間だけは何も考えずに済む。
そうして過ごすうち、日に日に、心がすり減っていく気がした。


午前4時過ぎ、居酒屋のバイトを終えて帰途につく。ねっとり絡みつく夏の風。熱気。次に名前さんを見かけた時に声をかけようかと考えた。今日まで何度も、そう考えた。駄目やとわかっとるのに。
阿呆や。
自嘲して、俯いた。

それはたった一瞬やったのに、計ったように人がぶつかってきよって。思わずよろめいたけど、踏みとどまる。
ぶつかってきた人は小さくすみませんと呟いて、丁寧に頭を下げて、立ち去る。
心臓がばくばくと激しく脈打ちだした。



名前さん。

走って追いかけて、彼女の腕をつかんだ。名前さんは驚いて目をまるくさせる。その目は赤くなっとって、涙が浮かんどる。

見てられんくて、カッとなって、名前さんの腕をつかんだまま歩いた。


ビルとビルの間にある公園は、たった一つの街灯で足りるくらい小さい。遊具は一つも無い。
ベンチに名前さんを座らせて自分のハンカチを持たせて、彼女の横に座った。
静かに静かに泣く名前さん。
抱きしめたいと延びる手を引っ込めて、背中をさすったる。初めて触れた彼女の体は、少し冷たかった。




「……あの、ありがとうございました」

ごめんなさい。
ひとしきり泣いた後、そう言われた。知らん男の前で泣いたからか、顔には気まずさが滲んどる。それでも名前さんは、俺の顔をしっかり見て、もう一度「ありがとう」と言った。

「俺が勝手にしたことや。気にせんでください。俺の方こそこない強引なことして、すみません」
「ううん、ありがとう。……えーと、」

名前を求められてるんやと思う。探るように俺を見る名前さんに、俺は、本名を名乗ることが出来ない。

「俺は、……忍足、侑士です」

咄嗟に従兄弟の名前を出した。侑士、すまん。

「忍足くん? よろしくね」

私は苗字名前です。
そう言って、小さく笑った。



私の彼氏、浮気してるんだ。今日……あ、もう昨日だけど。夜、待ち合わせしてたんだけどね、来ないの。私との約束忘れて女の子と会ってたんだよ。友達が教えてくれた。
一息でそう言って、ふう、息をつく名前さん。ふつふつと腹の中に溜まっていく何か。これは、怒りや。名前さんは顔が歪んでいく俺に気付かないまま、ずっと待ってたのに、そう言った。頭からプツンと音がする。

「そいつ、俺がぶっ飛ばしたる」

立ち上がってどこへとも分からず踏み出すと、後ろから手首を掴まれた。

「いいの」

何がええんや。名前さん、辛そうやんか。
名前さんが俺の手を離す。振り返ると、彼女は俺のすぐ傍に立って俯いとった。いいの。そう繰り返されても、納得いかん。

「浮気されたのは、私にも非があるの。だから」

肩を引き寄せて、抱きしめた。名前さんは体を強ばらせたし、よう知らん奴にこんな事されても困るやろうけど、我慢の限界やった。

名前さんはずっと待っとったのに。
待たせた奴が憎い。……未来の俺も。どんな理由があったかは分からんけど、名前さんからしたら同じこと。俺はこの人を待たせて、挙句会わへんかった。



白んでいく空に太陽が色を付ける。
朝が始まる。


俺はもう、名前さんに近づかん。ここで別れたら、次に会うのは来年の9月、最後の日。約束の時間。この先どんな事があっても忘れへん。名前さんを待たせへん。
俺は絶対、会いに行く。



身体を離すと、きょとん顔。
思わず吹き出してしまう。

「な、なんで笑うのよ」
「すんません。やけど、顔おもろかったから」

なによそれ。そう言ってむくれる彼女に、俺は約束した。

「名前さん。いつか、絶対、また会いに行きます」



名前さんはやっぱり最初はきょとん顔で。
そのあと、鮮やかに笑った。

その笑顔は本当に明るくて、俺に向けて笑んでくれとるのに、何故か胸がつまってしまう。なんでや。目頭が熱くなって、今度は俺が泣きそうになった。


名前さん。

好きやで。




2012/03/07



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