Long Love Letter 05
今まで、それなりに恋愛をしてきた。
何人かと付き合っては別れて、その度に一喜一憂して。だけど、私から積極的に彼らに働きかけたことは一度も無い。好きになった人が告白してくれた時は喜んで付き合うけれど、その人が他の人を好きなら、遠くから見ているだけ。恋人同士になってもそれは変わらない。彼らのしたい事をしようと思い、言われるままに着いていった。
そんな私が嫌になったと言われて振られることもあったけれど、これが私の性格なのだから仕方ない。そう思うと、何とかしてその恋を続けようという気にはならなかった。
でも、謙也くんとは、受け身なままでいたら初めの一歩すら踏み出せない。
『 2014年の9月末、20時に、京都駅の××ってカフェでどうですか? 』
謙也くんが指定した日は、私にとっては十数日後だ。だけど謙也くんにとっては、二年も先のこと。
寝て待つんじゃないんだよ。謙也くん。二年間、色んな人と出会って、色んなことがあって。素敵な女の人と知り合うかもしれないんだよ。それでも、私との約束を覚えていてくれるの?
不安はあるけど、動かなきゃ何も始まらない。謙也くんと同じ時間の中にいられない。
そんなの、いやだ。
謙也くんからの葉書を抱きしめて、強く思った。謙也くんなら来てくれる。私は、謙也くんに会いに行きたい。
『 わかった。待ってるよ。 』
会いに行く。
信じて待ってるよ。
『 絶対行きます。待っててください。 』
9月最後の日。
朝から空はどんよりしていて、お昼を過ぎると雨が降り出した。
仕事を終えて飛び乗った地下鉄の中、窓に映る自分を見る。一度家に帰って、お風呂に入ってお化粧もやり直して、オシャレをして会いたかったのに。普段通りなら、その時間があったのに。夕方から細々した仕事をいくつも頼まれて、断ることも出来ず、家に帰れなくなってしまった。ため息をつかずにはいられない。
駅に着いて時間を確認し、少しでも身嗜みを整えたくてトイレの鏡の前に立った。せっかく今朝念入りにセットしたのに、髪は湿気を帯びていて、いやになる。緊張して顔も強ばってるし。散々だ。でもそろそろ行かないと。
高鳴る胸を抑えられないまま、待ち合わせのカフェに入った。店内をぐるりと見回してみても、私は謙也くんの顔を知らないし、誰かを探す素振りのお客さんもいない。まだ来てないのかな。
私はカプチーノを注文して、お店の入口から見える席に座った。
謙也くんのことをたくさん教えてもらおう。それで、お友達からお願いしますって言うんだ。
名前さん、と、私を呼ぶ声が。
待ち合わせの時間になっても、1時間を過ぎても、2時間を過ぎても、聞こえない。
心臓は高鳴ることをやめた。
とても落ち着いている。
家に帰って、私は、鞄の中からまっさらな葉書を出した。
『 謙也くん、来なかったよ。 』
目からこぼれてくるものを止めることが出来ない。
それは次から次へと生まれ、頬を伝って、謙也くんへの葉書を濡らした。記されたばかりのインクは滲んで、読むこともままならない。
そう。謙也くんが来なかったなんて、そんなこと、ありはしなかった。私は謙也くんに、会えたよと、そう書いて送るのだ。
そうできたなら。
謙也くんに会えていたなら。
伝えたいことがあったのに。
「うそつき……」
新しい葉書に書き直そう。たくさん用意していたストックも、もう要らない。
「嘘やろ……」
愕然とした。
力を無くした手から、葉書が落ちていく。
なんでや。俺、何やっとんねん。
約束したのを忘れてもうたんか?
考えてもわからん。やから、すぐに返事を書いた。
『 ごめんなさい。名前さん、ほんまにごめんなさい。もう一回、チャンスをください。 』
けど、
『 やっぱり、二年は長いよ。 謙也くん、ありがとう。もうやめにしよう。 ありがとう。 』
悔しかった。
待ち合わせに来おへんかった俺に、名前さんは怒っとるやろうし、失望したやろう。もしかしたら、都合ええかもしれんけど、悲しんどるかもしれん。そう思うと、やりきれない自分への苛立ちで、涙も出んかった。
二年後の俺が名前さんのことを好きやなくなったなんて、絶対ありえへん。絶対や。
なのに、なんで。
なんで行かへんかったんや。なんで名前さんを待ちぼうけにさせたんや。なんで、もうやめにせなあかんのや。
嫌や。
ありがとうなんていらん。
名前さん、俺は嫌やで。
『 待ってや、名前さん、俺、名前さんに会って直接言いたいことがあるんや。俺と、もう一度、待ち合わせしてくれませんか? 』
同じような内容を書いて、それからも何度か送った。せやけど返事は無い。
秋が過ぎて冬になり、その寒さも緩む頃。
俺は、頻繁に郵便受けを覗くことも、新しい葉書を買うこともやめた。
2012/03/04
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