Long Love Letter 08





もう、いない。
そう言った忍足くんの声は悲痛なものだった。事故をした、死んでしまったと続ける彼の言葉が、耳を滑る。


忍足くんが言ったことを理解した途端、信じられないくらいの量の涙があふれだした。わあわあと、声もおさえず泣いた。みっともない。子どものよう。だけど、止められなかった。

謙也くん。謙也くんは、来なかったんじゃない。来られなかったんだ。
死んでしまった。
もういない。



忍足くんが私の横にきて、背中をさすってくれる。それはまるで、去年の夏、忍足侑士と名乗った謙也くんが私を慰めてくれた時のようで。もう謙也くんに触れることは出来ないのに、そんなことを思い出して、もっと悲しくなった。
もう会えない。謙也くんはもういない。

いないんだ。



待ってる、なんて送らなきゃよかった。未来で会おうと言ってくれた謙也くんに、やめようと伝えればよかった。あの部屋を出るとき、手紙を残さなきゃよかった。

こんな結末になるのなら、謙也くんと、出会わなければよかった。

そうしたら、もしかしたら謙也くんは無事だったかもしれない。私はこんな身体を引き裂かれるような悲しみを、感じずに済んだかもしれない。


だけど。誰にも出会い方なんて選べない。出会うかどうかだって、選べない。
私達は、二年越しに届く言葉で出会うしかなかったんだ。







「…………今は、2015ね、んの12月…?」


しゃくり混じりに私が言った言葉を、ゆきちゃんが拾ってくれる。そうよ。そうだよ。ゆきちゃんの声は、子どもを愛おしむお母さんのようだった。

ありがとう。
袖で涙を拭って立ち上がる。二人が私に持たせてくれたハンカチは二枚ともびしょびしょで、それは洗濯してから返すことにする。ああ、私は人にハンカチを借りてばかりだなぁ。


「……名前?」
「どこいくんですか?」



気付いたことがある。
今葉書を出せば、それは2013年12月の謙也くんに届くはずだ。だから。


「……会えるかどうか、分からないけど。会いに行ってくる」


鞄とコートを掴んで、二人にありがとうを言う。ありがとう。二度や三度言うくらいじゃあ足りないけれど、お店を出た。少しヒールのあるパンプスは走りにくいし、しばらく運動をしていない体は思うように動かない。それでもなんとか人ごみをかき分けて、一番近いコンビニに入る。そこで葉書を買って、店員さんの目を無視してその場で書いて、コンビニのポストに投函した。
それからすぐコンビニを出て、大阪へ行く地下鉄に乗った。


『 謙也くん、お願い、私との待ち合わせには来ないで。2015年の12月23日に、あなたの部屋に行くから。絶対、私が、行くから。だから、2014年の9月最後の日は、家にいて。 』









地下鉄を降りて、数年前はよく通った道を、あの部屋を目指してひたすら走った。邪魔なパンプスは駅で脱いで、鞄やコートと一緒に地下鉄のロッカーに詰めた。走るには足の裏が少し痛かったけど、ずっと走りやすい。


謙也くん。
わたしはダメだね。今まで一度だって、走って誰かに会いに行ったことがないんだよ。ずっと、のんびり待ってたの。
あの日だって結局そうだった。待ち合わせに来ない謙也くんのところへ、自分から会いに行こうとしなかった。

謙也くんならきっと、会いたい人のところへ、走って会いにいくよね。






最後の曲がり角に男の子が立っていた。夜道を照らす街灯の下で、彼の髪がきらきらしている。
彼を見ると胸がつまって、通り抜ける風で乾いていた瞳が、また潤いだす。涙が枯れるなんてきっと嘘だ。私を見つけたその人が、走って来てくれる。私も足は止めない。

謙也くん。
そう名前を呼んだ時には、彼の腕の中にいた。その背に腕をまわすと、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた。苦しい。切ない。愛しい。ごちゃごちゃだ。


「謙也くん、私は」

あなたに、会いたかったよ。
そう伝えるはずの言葉は、突然降ってきた謙也くんの唇にすいこまれた。信じられないくらいの優しい口付け。それは一度触れるとすぐに離れて、謙也くんは真っ直ぐ私を見た。


「名前さんに会いたかった。ずっと。もう、離さへん」


真剣な眼差しだった。
名前さん。そう呼ぶ声に、こころが震えた。


「好きや」



もうすれ違わない。謙也くんと同じ時間を過ごしたい。顔をくしゃくしゃにして泣いて笑うこの人を、離さない。


謙也くん。好きだよ。





end
2012/03/09



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