どうしてこんなに

期末試験を二日前に終えたその日。久しぶりに来んか、と仁王くんから連絡を貰った時、一番最初に考えたのは財前のことだった。

仁王くんからのメッセージにはいつ、どこへ、という部分が欠落しているけれど、これまでの付き合いから補完は出来る。今日、彼のバイト先へ、ということで間違いないはずだ。仁王くんのお誘いは大抵突然くる。

「ユウジー」
「おうなんやねん」
「……今日もご機嫌だね」

私と入れ違いで休憩に入るユウジに声をかけると、いい笑顔で返事をしてくれた。小春ちゃんと久しぶりに会ってから一週間が経とうとしているけれど、あの日からユウジの機嫌はずっと良いままだ。バイト仲間が「彼女でも出来たかー?」と茶化すのも余裕のある態度であしらっていた。

「このあとヒマ? テスト終わったんだよね?」
「だったらなんやねん」
「ご飯行こー」

仁王くんのバイト先には財前もいる。今日はシフトに入っているんだろうかと思いながらお誘いしたユウジは、苗字の奢りならええで、と条件付きながらも快諾してくれた。普段なら面倒くさがりそうなところだけど、小春ちゃん効果は凄まじい。小春ちゃん、定期的にユウジに会ってくれないかな。



「ここかいな」
「そう。お邪魔しまーす」

お店の扉を開けると、チリンチリンと控えめに鈴が鳴る。迎えてくれたホールスタッフの男性に案内され、奥まった席につく。
財前と仁王くんのバイト先は洒落たカフェ兼バーのお店で、うちの比較的安価なカフェチェーンとはまず照明が違う。うちには間接照明なんてものはない。観葉植物は、私達のカフェにも作り物の大きいものが1つドーンと置いてはあるけれど、このお店のは……なにこれ蔦? よく分からないけれど、とにかくお洒落な雰囲気を纏っていた。財前がバイトを始めたと聞いて、ユウジと二人、お客としてコッソリ来た最初の日はなんだか居心地が悪かったものだ。あと、財前にめちゃくちゃ嫌そうな顔をされたっけ 。

「なにニヤニヤしてんねん」
「え? いや、あーほら、これ食べよ」
「あ? こっちやろ」
「たっか! それはダメ!」

ただでさえ普段なら避ける価格帯のお店なのでメニュー選びは慎重になる。ユウジが指差した肉料理は学生がホイホイ食べられる値段のものじゃない。考える余地無しだ。どケチ、なんて言われてもダメなものはダメ!

「お客様、オススメはこちらです」

上から財前の声が降ってきて顔を上げると、そこにいたのは仁王くんだった。来たよと言うと、返事だかなんなんだか、プリ、といつもの一言で返される。

「じゃあ仁王くんのオススメふたつで」
「ん。ワインも一緒にどうじゃ?」
「そっかーワインか」
「あっかんでコイツ酔ったら面倒やねん」
「ほうなん?」
「……やめときます」

お酒のメニューを仁王くんに返す。居酒屋ならまだしもこんな静かなお店で、財前のいるかもしれないところで酔っ払うわけにはいかない。財前にはそろそろ幻滅されてしまう気がする。……その財前は、見当たらないけれど。

「財前はもう上がる頃ぜよ」
「へ、へえ」

視線だけを動かしてチラとお店を見回したのを、仁王くんは目敏く見つけてククと笑った。なに。なんで笑うの。
仁王くんが他のテーブルに呼ばれて、再びユウジと二人になる。ユウジはテーブルに片肘をつき、その手に顎を乗せてジッと見ていた。視線を追いかけた先にいたのは財前だ。お店の制服ではなく私服を着て、キッチンカウンターの奥でダンディーな店員さんと話している。
その財前の隣には女の子がいた。

私が思わず目を見開いたのは、女の子が財前の腕に触れて妙に顔を寄せて話しかけたからだ。この距離では会話の内容は聞き取れない。え、あれはちょっと、ふたり、近過ぎない? どういう関係? 財前も財前だ。女の子の手を振り払うでもなく、されるがままにしている。え? あれ誰?
女の子はかわいい顔をほころばせて、財前に話しかけ続けている。財前が無表情でいるのがせめてもの救いだった。もし財前が、あの子に笑顔なんて見せたりしたらーー。見せたら、何だっていうのだろう。見せていないから救われているのは何だっていうの。

「お前、目からビームでも出す気か?」
「なにそれ」
「見すぎ」
「なっ、ユウジが先に見てたんでしょ……!」
「お待ちどうさん」

テーブルに置かれたお皿とその料理のにおいに気がそれる。仁王くんオススメのメニュー、手長エビとムール貝のペスカトーレが目の前にやって来て、食べなくても分かった。これは美味しい。
ユウジはいただきますと雑に言い、早速フォークでパスタを絡めとる。私も早く頂きたい。けれど仁王くんがここにいるチャンスは逃せない。仁王くん、あのさ。小声で話しかけると、なんじゃ、と屈んでくれた。

「あの、キッチンにいる女の子って、……えーと、どういう子?」
「……ああ、千葉のことか? ツインテの」
「うん」

唐突にバイトの女の子のことを聞くなんて不自然なのは分かっている。でも聞かずにはいられない。
緊張が顔に出ている私を思いやってくれたのか、仁王くんは意外にもからかったりせず、神妙な面持ちで教えてくれた。つい最近このお店のホールスタッフとして入った千葉さん。彼女が財前に猛アタックしていることを。


「おい」
「……はい?」
「はい?やないわ。食わへんのなら俺が食うで」
「え、食べる食べる」

手に持つフォークをエビに刺したままでいる私に、ユウジが自分のフォークを向けてきた。もちろん、私にではなく、まだ一口もつけていない私のパスタのお皿にだ。
慌ててエビを口に運ぶ。美味しいけれど、すっかり冷めてしまっていた。もったいないことをしたが、仕方ない。仁王くんから話を聞いてパスタどころではなかったのだ。

財前のことを好きな女の子がいる。
そんなの、ちっとも珍しいことじゃない。財前は中学の時から女の子にモテモテで、所謂ファンだけじゃなく、本気で好きになった子も多かった。テニス部のマネージャーとしてそれなりに財前の近くにいた私は、告白の現場を見ることもキューピッドを頼まれることだってあった。あの頃は、あれは誰、この子は何、なんて気にしたことはなかったはずだ。
今は何故、どうしてこんなに、焦るの。ふつふつと沸いてくるこれはもしかして、独占欲じゃないの。

大失敗をしたあの日から財前のことばかり考えている。それは財前のせいだと思っていた。財前が変わったからだと。
でも、違う。変わったのは私の方だ。一つの感情、あの厄介な気持ちが芽生えたのだ。

「財前」
「え、っ」

ユウジが急にその名前を出すから驚いて、口に含んでいたパスタや具をほとんど噛まずに呑み込んでしまった。慌ててグラスを掴んで喉に水を流し込む。何やってんねんというユウジの呆れた声が耳に届いたので、だってユウジが、と言葉を返そうとした。そこへトンと背中に手をあてられて、それが財前の手だったものだから、ユウジへの反論はヒュッと喉の奥へ戻る。……びっくりした。

「先輩大丈夫っすか」
「っへーき」

平気じゃない。背中にあてられた財前の手が熱いのか、あてられた場所から私の体温が上がっているのか知らないけれど、熱くてかなわない。全く、平気ではない。声も上擦ってしまった。
せめて表情はいつも通りの私でいられるよう財前に笑いかけて見せた。すると財前がまるで安心したとでも言うように一瞬口元をゆるめて笑ったから、やっぱり平気な振りなんて無理だと思った。


2019/04/20


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