約束


「悪い待たせた!」
「あっ謙也!久しぶりー!」
「おおー!ユウジ財前苗字久しぶりやんなあ!」

白石、財前、ユウジ、私の四人で先にお店に入って注文を終えたところで、謙也がスパァンと戸を開けて入ってきた。私たちを見つけて満面の笑みを浮かべる謙也はやっぱり太陽みたいに明るい。私の右隣に座る財前も謙也がいると三割増しでよく喋る。ほぼ憎まれ口だけどね。

「浪速のスピードスターが遅刻とかないわ。煩いし」
「お前っそれが久しぶりに会った尊敬する先輩に対する態度かいな!」
「尊敬する先輩? そんなんどこにおるんすか」
「ここやここ!」

ああ、これこれ。二人の空気感が懐かしい。
飲み物が揃って、謙也の乾杯の合図でジョッキをぶつける。白石も謙也も夏に会って以来で、お互いに近況報告をしながら小春ちゃんの到着を待った。ユウジは時折謙也に厳しいツッコミを入れたりはしていたけれどソワソワと落ち着きがない。まあまあ、ゆっくり待とうよ。そう言ってユウジに次のお酒の注文を勧めて自分の飲み物も頼むたび、横からのジト目が気になった。

「……まだそんなに飲んでません」
「なんも言うてへん」

目は口ほどにものを言うとはこのことだ。けれどもこんな集まりでは飲ませてほしい。財前も結局は止めないので、三杯目、四杯目とカクテルを空にしていく。まあ、お酒って言ったって、カクテルはジュースみたいなものだ。これくらいじゃ流石に酔わない。

「謙也もー顔まっか!」
「うっさい!」
「あははははは!謙也よわー!」
「お前も酔っとるやないかい!」
「これくらいで酔わないってーまだまだいくぞー」

左隣の謙也は耳も首も真っ赤になっていて、ふざけて指差して笑うと謙也にその指先を握られた。「指差すな!」という育ちのよさを感じるツッコミにツッコミ返そうとしたところで、右から肩を掴まれる。なんだなんだ。

「……飲み過ぎ」

あ、これはちょっとおこってる?

「だってさあ、」
「まあまあ。財前もほれ、景気よくもう一杯」
「なんすかこれ」
「お茶の氷割り」
「ただのお茶やん」

白石が財前にウザ絡みをし始めたので、私は今だとばかりにユウジと一緒に赤ワインを頼んだ。それを謙也も一口飲んだけれど、顔をしかめてすぐにレモンチューハイに戻っていった。

小春ちゃんが来た瞬間のユウジは、会えない日々に積み重ねた気持ちが飽和したのか言葉をなくしてしまっていて、見ているこっちがハラハラした。小春ちゃんに飛び付くでもなく、ただ立ち上がって固まるユウジ。小春ちゃんもまた「ユウくん……」と意味ありげに呟く。固唾を飲んで見守る私たち。こういう時、場を切り裂いていくのは大抵財前だ。

「それ新しいネタっすか。面白ないんではよいつも通りイチャイチャしてください」
「な、なんやねん!前はキモいキモい言うとったのに、」
「ええやないの、ユウくん。ヒカルンも大人になったっちゅーことや」
「ええ」
「なんすかそれ」
「ウチらもやで。こんな風にお酒飲んで、大人になったけど……変わらんなぁ。ねえ、ユウくん」
「こは、小春……!」
「ユウくん……!」

ガシッと抱き合うダブルスに白石と謙也が拍手を送る。先輩らやっぱさむいわ、とぼやきながらも満足げな財前の横顔。
そういうものに囲まれているせいだ。或いは、やっぱり、お酒のせいだ。振り切れない思いに襲われてじわじわと眼の奥に熱がたまる。だけど泣くものか。みんなが笑っているのだから、泣いたりなんかするもんか。バチバチと瞬きをして迫るものをやり過ごそうとした。それなのに。

「ほんま、懐かしいなあ」

白石がそんなことを言うから、溢れてしまう。ずっと続けばいいのにと思っていた日が終わってしまった寂しさや、あの毎日が思い出になってしまった切なさが、涙に形を変えてぽろぽろと頬を伝っていく。
テニス部のみんなと過ごしたあの時間はかけがえのないもので、テニス部のみんなが大好きだった。だけど時間は戻らなくって、私達は進んでいくしかなくって。そんなの当たり前のことなのに、受験を終えて東京の大学に入学した時、私はたまらなく心細くなった。東京は小学校卒業まで過ごした街だ。古い友達もたくさんいる。それでも埋まらない隙間を感じて、告白してくれた大学の同期の男の子と付き合ってみたりした。彼は間違いなくいい人で、好きになれたらきっと幸せになれたろうにと思うけれど、私は彼を好きになることはできなかった。過ぎた時間を思い出すばかりで、きっとあの時以上の輝きは得られないと心のどこかで決めてしまって、サークルにも部活にも足が向かない。

でも、部活を終えたからこそ見られた景色もあったのは確かだ。

「先輩なに泣いてんねん」
「だっ、て色々おもいだして……」
「あっかん苗字泣かんといて移るやん……」
「謙也クンも名前ちゃんも泣き上戸やねんなぁ」
「小春ぅ俺も泣きそうやぁ」
「はいはいよしよし」
「こっはるー!」

尻尾を振る勢いのユウジを横目に、財前が差し出してくれたティッシュを貰って鼻をかむ。すごく情けない顔をしているだろう私を見て、財前が私の髪をぐしゃぐしゃと乱す。なんてことするんだろう。

あの時も財前は同じ事をした。
八月、セミの鳴き声も聞こえないくらいの大きな歓声の中で、それを一身に浴びながら。

白石が財前を見つめて泣いていた。謙也が大声で財前の名前を呼ぶ声にも涙がまじる。小春ちゃんとユウジが抱き合って喜ぶ。師範がお父さんみたいな顔をして、すごいなあと言って。健ちゃんのガッツポーズが誰より力強い。千歳が、かっこええ後輩やね、と微笑む。中学の部活だって忙しいだろうオサムちゃんも駆け付けていて、財前を見て、そして私達を見て、帽子を深くかぶって目元を隠した。
コートを出て、金ちゃんに飛び付かれたままスタンドにいる私達のところへ財前が歩いてくる。ぎゃんぎゃん泣いて騒いでいる先輩を見てやれやれと笑う、その表情が見たくて私達はまたここへ集まったのだ。

ーーお返しっすわ。
ぐしゃぐしゃに髪を乱されながらも私は顔中で笑って、財前からのお返しを受け取った。なんだなんだとみんなに聞かれるけれど言葉にするのは躊躇われる。財前の瞳が潤んでいる気がしたからだ。
あれは私の見間違いだったのかもしれない。確かなのは一つ、私達の後輩が頂点を見せてくれたこと。

優勝旗を手にした財前はあの夏、誰よりも格好よかった。


2019/03/12


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